第十章: 新しい商機と陞爵
王様の許可が出てすぐゲイリーをはじめとするトゥラニア騎士団は王都騎士団預かりとなり、そこから給料が出ることになった。
トーマスも「当分は給料なしのつもりだったがいきなり給料をもらうことになったなんて変な気分だ。」なんて言う。
ゲイリーは「給料をもらえるってことなんだから給料分はしっかり働けってことだ。」と檄を飛ばした。
とにかく俺が引率して騎士団員を王都騎士団に連れてゆくことになった。王都騎士団に着くと騎士団長のマリウスが出迎えてくれた。彼はデローザ侯爵でもある。
俺が「マリウス・デローザ騎士団長、お初にお目にかかります。」と挨拶すると、騎士団長は「よくきてくれたね。君がリチャードの息子のエドワードか。」と聞いてきた。
リチャードとは先代当主のトゥラニア辺境伯で亡くなった俺の親父である。
「はい。よろしくお願いします。」と俺が返事をすると、マリウス騎士団長は「俺はリチャードとは親友だったんだ。ここは自分の家だと思って気楽にしてくれていいぞ。」と言ってくれた。
それからマリウス騎士団長はゲイリーに「君がトゥラニア騎士団を率いるゲイリーかい?」と聞いてくる。
ゲイリーは少し照れて「いえ、私は騎士団長代理とでも言いましょうか。まだまだです。」とちょっとしどろもどろな返事をした。
「なに、勇猛なトゥラニア騎士団の気風でうちの騎士団員をバシバシ鍛えてくれると嬉しい。」
マリウス騎士団長はそんなことを言う。
その後は副団長のキリルに宿舎や訓練場を案内してもらった。
ゲイリーには「もしうちの騎士団に入ってもいいと言う人がいれば積極的にスカウトしてね。」と言い残して俺は戻ることにした。
ヘンリーさんのタウンハウスに戻った俺は応接間にあのワイバーンや熊の剥製が飾ってあることにギョッとしたが、ヘンリーさんに言わせると国王陛下は我々が魔獣を倒した功績として飾っておけということらしかった。
その日はもともと辺境伯領で商売をしていた商会のスターンがヘンリーさんの家に来ることになっていた。
スターンさんは一応現役引退しているとは言っているが、未だに隠然たる影響を持っている人だ。
ヘンリーさんはスターンさんに森の木の売却が商売になるかどうか聞いた方が良いという意見である。
俺はランディと剣術の稽古をしながらスターンさんが来るのを待つことにした。
ランディは俺の旧領行きを聞いて自分も行きたいと言っているので稽古にも熱中している。
「ランディ、そんなに熱くなるなよ。俺が旧領に行った時になにをしていたと思う?地図の作成だよ。魔獣退治は余分なものだ。剣術の稽古は大事だけれと、学業も怠るなよ。」
「エド兄様は余分なものということであのワイバーンを退治したんですか?どんだけなんですかねえ。」
ランディは呆れながら稽古をしている。
そうしているうちにスターンさんが来訪したという連絡があった。
俺は軽く湯浴みをして着替えをした。もう13歳が近くなって背も伸びてきた。
「遅くなって申し訳ない。」
「いえいえ若様にお目にかかれて光栄です。」
スターンはやせぎすで白髪の老人である。表情は柔和だが目は笑っていない。
「若様、それでこの度のご用とはいかがなものでしょう。」
「スターンさんも俺たちが旧領に行ったことは聞いているだろう。」
「ええ、あのワイバーンを討伐なさったとかいう。」
「そのワイバーンのいた山などから木を切り倒して売り払いたいのだ。既に国王陛下から許可はとっている。」
「ほほう?」
もともと野原だった場所に森が進出してきている。人間の領分に戻すためには森を押し返さねばならない。」
「それは誠にその通りです。もちろん森の恵みもあるのですから木を切り過ぎるのもいけませんが。」
「今の所は木が多過ぎるので、切りすぎまでは気にする必要はない。」
「では我が孫のオルジを向かわせましょう。私はもうトシですからそんな森の中を歩き回るのは無理です。若い閣下には若い商人が良いでしょう。爺バカと言われるかもしれませんがオルジは良いですぞ。」
そうしてスターンさんはオルジを呼び出して挨拶させた。
「若様、お初にお目にかかります。オルジと申します。」
言葉遣いもハキハキしていてまあ使えるかもしれない男である。
「じゃあ、次に旧領に行く時にオルジもついてきてくれ。」
「はい。ぜひ現場を拝見しとうございます。」
「うん、細かいことはその時に話そう。」
こうして次の旧領入りの時には商人のオルジもついてくることになった。
♢♢♢
翌週に再び王宮に呼ばれることになった。ヘンリーさんはあのワイバーンやクマの剥製を持ってゆくことになっているようである。
どうやら夜会もあるらしく、夫人やパトリシアはドレスの着付けなどで大騒ぎしているようだった。
俺は騎士服を着てヘンリーさんやランディと一緒に馬車に乗った。
いつもとは違う場所に馬車は到着し、そこにはロイド卿の部下の人がいてヘンリーさんから剥製を受け取っていた。
ヘンリーさんに今日の段取りを聞くと、どうやら今日は俺に陞爵があるらしい。また、勲章の授与もあるそうだ。
どうやら今日の夜会もあるので謁見室には高位貴族の多くが集まるらしい。
「本来はデビュタントが社交デビューだけれどもエドワードくんは今日が社交デビューだな。」とヘンリーさんは笑う。
「いやいや、持ち上げすぎでしょう。俺は特になにもしていないのに。」
「王立学園に入学する前にワイバーンを討伐した豪傑がなにもしていないとは。あ、夜会ではテレジア姫とダンスを踊るようにっていうのが陛下からのお願いだよ。ちゃんとダンスを誘って踊るんだよ。」
「え、そんな話は聞いていないんですが。」
「今言ったよね。」
あのツンツンしているお姫様をダンスに誘うのかあ。そう思うと気が重くなってきた。
そうこうしているうちに謁見の呼び出しが来た。
俺はヘンリーさんとランディとは別れて一人で案内の人の後に続いた。
謁見室の入り口で呼び出しが「サー・エドワード・スペンサー」と声を上げた。
俺は「エドワード・スペンサー参りました。」と言ってお辞儀をした。国王陛下が「苦しうない、近う寄れ。」というのを聞いてずっと姿勢を正して王の御前に進み跪く。
王は「サー・エドワード・スペンサーは今は亡きリチャード・スペンサートゥラニア辺境伯の嫡子である。今回、ワイバーンや他の凶悪な魔獣を討伐したという功績を上げたので男爵に陞爵し、勇猛十字章を授与する。」と告げ、「立て、エドワード」と言った。
俺が立ち上がると俺の胸に王が自ら勲章をつけてくれた。
王は自分の隣に俺を立たせると、「今日はこの小さな勇者を与えてくれた神に感謝して夜会を開こうと思う。皆ぜひ参加してほしい。」と締め括った。
貴族たちは皆大きな拍手をした。
王は拍手の中を退出し、俺もその後に続いた。
俺は別の控え室に案内された。
中にはテレジア姫がいた。
彼女はツンと横を向いている。
俺はどうするんだよ、と内心では毒付いていたのだが、「王女様、失礼します。」と挨拶して向かいの席に座った。
侍女たちは姫君の様子に全く気にすることもなく淡々とお茶の用意をしている。
テーブルにはアフターヌーンティーのお茶菓子が置かれている。
俺と姫君の前には湯気を立てた紅茶が注がれた上品なカップとソーサーが置かれたが、それでも姫君は横を向いたままであった。
あまりに会話がないのでどうしようかと思ったが、俺もさっきの儀式で緊張していたためか喉が渇いていた。
「姫君、失礼して一口紅茶をいただいていいですか?」
「どうぞお構いなく。」
そう言われたので俺は紅茶を一口頂いた。
「これは香り高い。良いお茶ですね。」
「ええ、これはアーリー山のおちゃの最高品質のものを用いているのです。」
「ああ、アーリー山のものですか。それならこの品質も納得ですね。」
流石に最高級のお茶の産地としてアーリー山くらいは俺の知識にも入っている。
「姫君がお選びになったのですね。」
「い、いえ、侍女が選んだもので。」
姫君の返事がちょっとしどろもどろになりつつある。
やばい。リカバーしてあげないと姫君が沈没しそうである。
「さすがは王宮の侍女ですね。私などは紅茶の区別もつかない野人でございますので色々と教えていただきありがとうございます。」
「わ、私も今は勉強中なのです。」
周囲の侍女達の緊張度はぐっと上がったのだが、なんとか下げることができた。
問題はここからである。俺もお茶会の練習ということでランディやパトリシアとは話したことがあるが、あくまでも従兄弟という気安さがあった。王女様にどんな話題を出せばいいのか、なかなか引き出しが少ないのである。
「勉強といえば私もヘンリー叔父上に王立学園に通うのだからきちんと勉強しろと言われているのです。それでランディやパトラと一緒に家庭教師について勉強しているのですよ。」
「ランディ、パトラ?」
「ええ、ヘンリー叔父上の息子さんと娘さんなんです。私には従兄弟に当たるのです。」
「私はいつも一人で勉強しているの。」
「が、学園に入ればみんなで勉強できますね。あ、ランディやパトラはまだ小さいのですぐには学園には来ないですけれども。」
なかなか綱渡りの気分である。
いつのまにかテレジア姫はツンと横を向くのをやめてまっすぐ向くようになっていた。俯き加減ではあったが。
と、その時、ノックの音がして、「あー僕だけれど、入っていいかい?」という声が聞こえた。
侍女達が急いで扉を開けにゆく。
扉が開くと金髪碧眼の貴公子然とした若者が入ってきた。
「やあ、スタンレー男爵。初めましてだね。僕は王太子のウィルフレッドだよ。そこのテレジアの兄なんだ。僕も話に混ぜてもらっていいかな。」
そう言いながら俺とテレジア姫の間の席にどっかと腰掛けた。
「僕にも紅茶を貰っていいかな。」
侍女達は俺たちの前にあったもう冷えてしまった紅茶のカップを下げて改めて三人分の紅茶を持ってきた。
ウィルフレッド王太子は「僕のことはウィルって呼んでね。君のことはエドでいいかな。」と言ってくる。
「ええ。ウィル様にそうよんでいただけるとはこうえいです。」
「まあまあ、そう固くならなくてもいいよ。」
「はい。」
「ところで、エドはあのイアン・マッカラムから免許皆伝をいただいたそうだけれど、剥製になった魔獣を退治したって本当なの?」
「イアンは私には免許皆伝なんて言っていなかったのです。それに、私はブラックウルフは5頭くらいしか仕留めていません。他の多くは同行したトゥラニア騎士団の団員が退治していますよ。グリズリーは騎士団員を襲っていましたからね。緊急的に対応しなければいけなかったのですぐに首を切り落としたのです。」
「ブラックウルフを5頭なんていうけれど、普通は熟練した騎士しかそんな魔獣は倒せないぞ。想像以上だねえ。普通は騎士団員が襲われていたからと言ってすぐにグリズリーの首を切り落とすなんて常人にはできないよ。いや、これは褒めているんだけれど。」
「それに、あのワイバーンだった私たちが運んでいたワイルドボアの肉を狙って地上に降りてきましたから首を切り落としやすかったんですよ。」
「いやいや待て待て、君たちはあの三頭の魔獣以外にもワイルドボアを仕留めていたのか?大物ばかりじゃないか。」
「騎士団員は大喰らいなのでそれくらいでないと賄いきれないんです。」
テレジア姫も結構驚いた顔をしている。
「で、テレジアには宝石鉱山の宝石を献上してくれるんだってね。」
それを聞いてテレジア姫はちょっと顔を赤らめている。
「あ、はい。宝石鉱山は山奥ですからすぐには手が届かないのですが、もしあそこを回復できればぜひ最高級の宝石をテレジア姫に贈るつもりです。」
「うん、それを聞いて安心した。今日の夜会ではエドとテレジアがファーストダンスを踊るからエドはテレジアをきちんとエスコートしてくれたまえよ。」
「お、お兄様。」
テレジア姫は怒っているのか焦っているのかわからない反応をしている。
ウィル様はニコニコ笑っているがその発せられる圧は強い。
「ウィル様、わかりました。私も若輩者ではありますが、テレジア姫に恥をかかさないようにしっかりと努めさせていただきます。」
俺としてはこういうしかないではないか。
それを聞いて王太子は「うん、よろしく頼む。」と機嫌よさそうに言うと紅茶をガブリと飲んで「いつもここでは美味い紅茶が飲めるねえ。じゃ、僕も準備があるのでこれで。」と言い残して慌ただしく去っていった。
テレジア姫は俺に「私、まだダンスが上手くなくて。もし足を踏んだらごめんなさい。」と小声で言ってきた。
俺は笑顔で「大丈夫ですよ。」と返しておいた。
テレジア姫も準備のため退出すると言うことなので俺はヘンリーさんの控室に連れていってもらうことにした。
ヘンリーさんの控室ではヘンリーさんとランディがいた。夫人とパトラはまだ到着していないそうだ。
「恐らく、今はタウンハウスの方が大騒ぎなのだろう。」ヘンリーさんは笑って言う。
「僕もパトラも夜会は初めてです。」
デビュタントはこの国では13歳である。王立学園に入った人はその翌年の新年にデビュタントの夜会があり、ほとんどの貴族はそこで社交界にデビューする。
けれども今回、俺はまだ王立学園に入っていない。
今回の主役は俺であるためにデビュタント前の子供も参加できる夜会になっている。
多分俺たち以外の家も子供を連れてくることになるのだろうと思う。
「しかし、王家も我々を取り込もうということだなあ。」
「テレジア姫のことですか?」
「ああ、それもあるが、王太子まで出てきたのか。」
「そうですね。グイグイきていますねえ。」
「我が家も旧領の回復のために王家と繋がる必要は当然あるのだが、あまり取り込まれすぎると便利使いされてしまうこともある。」
「騎士団も今の所王と騎士団に取り込まれていますしね。」
「今の王家は特に心配するような事はないので連携を深める事は重要だと思っているよ。でもどこまで繋がるかについては注意しておくことが必要だね。」
「今日、エドワードくんとテレジア姫がダンスする事は政治だからね。」
「王家と我がスペンサー家の武勇を貴族達に知らしめるという事ですか。」
「ああ。多くの貴族は君と姫君が踊るのを見て恐らく二人の婚約を想定するだろう。」
「もう婚約ですか?」
「早過ぎはしない。うちは子爵だからそこまで大袈裟な事はしないが、高位貴族なら生まれた時から婚約しているところもあるくらいだよ。テレジア姫はもしかすると外国の王族に嫁ぐことも想定されていたのだろう。けれどもうちを取り込むために使うと多くの貴族達は感じるはずだ。」
「政略結婚ということですね。」
「そうだね。今のところうちの方にはデメリットは見当たらないから拒否する必要はないのだけれど。」
俺がテレジア姫と結婚したらアリシアが怒るかもしれないとは思ったが、アリシアも聖女に認定されたのだからそう簡単には結婚にならないだろう。聖女である間は純潔が求められるし、聖女を引退するためには十年くらいはかかるのである。




