第九章: 旧領へ
俺が魔獣を全部切り捨てたら簡単じゃないかと思っていたのだが、ゲイリーによると弱い魔獣は若者に倒させた経験を積ませなければならないらしい。
俺が「そういうことで良いか。」と尋ねるとみんな「ありがたき幸せにございます。」と跪いて頭を下げた。
ホムラに聞いてみると「なかなか部下どもを心服させたではないか。」という。
まあ、考えてみれば若者と言っても俺と大して年は違わないんだが、彼らに経験を積ませる必要があるということなのだろう。必要があれば指導すればいいかということで納得することにした。
あと、俺に課せられた仕事は地図作成である。
つまり、方位を調べる魔道具と距離を調べる魔道具を用いて街道の木々にマーキングしたものが実際に古い街道を通っているのか、ずれていないかを確認しなくてはならない。
この技能についてはヘンリーのところで既に家庭教師に教わっていたのであるが、実践は初めてである。
俺は苦笑いしながら「君らは魔獣を倒せ。俺は地図を作らねばならん。」と言ったらみんなは「若様が地図をお作りなさるのだ。我々は若様の邪魔が入らないように魔獣どもを狩り尽くそう。」なんて気合を入れていた。
俺も魔獣退治の方に加わりたいなあという気持ちがないかといえば嘘になる。けれども俺が地図を作らないと地図作成の仕事はゲイリーかトーマスがやることになる。それはいかにもまずいだろう。経験がないとはいえ俺がやる方がマシである。
やり方はそんなに難しくない。ある程度進むと手近の木にマーキングをつけて前のマーキングからの方位を確認し、距離を測定して定規や規矩を使って羊皮紙に街道の地図を記入してゆくだけのことである。マーキングは度々つけなくてはならないから面倒臭いし地味な仕事というだけのことである。
それでも誤差が出てくるのは仕方がないのである程度進めば浮遊術の魔法で木々の上に浮かび上がり、見張り台と領主館との距離と方角を測定して誤差を補正する。
この浮遊術の魔法はホムラがかけてくれるので俺の魔法の才能とは関係ないところで発動するのである。
そういうことで部下たちがホーンラビットや森林オオカミ、大蜘蛛どもを退治している間、俺は黙々と地図を描いていたのだった。初めての地図だったので慎重に地図制作をしていたためか時々、浮遊術で上空に浮かび上がって誤差を補正しようとしてもほとんど誤差は出なかった。
今回の目標はフライ山である。フライ山は見張り台から無理すれば1日で往復できる距離にあるが、今回は山で一泊して領主館を確認して帰るというスケジュールである。
まあ、俺はすでに領主館の残骸を確認してはいるのだが。
できればフライ山に中継地点を作ってさらに奥に進む拠点にしたかったわけである。幸い、街道はフライ山の麓に伸びている。そこまで行ってフライ山に登ることになる。
街道の道行では幸いなことに強力な魔獣には出会わなかった。俺は魔獣と戦えずにストレスを溜め込むことになった。
フライ山が目の前に見えてきたところに少し開けた場所があり、そこで昼食を取ることにした。まあ、ご想像通り、献立は熊肉のソテーである。
熊肉も何度も食べると飽きてくるのだけれど、今日は結構歩いてきたこともあり、美味しくいただくことができた。
食後に念のため浮遊術で上空に上がると、フライ山の上空を飛ぶワイバーンと思いっきり目を合わせてしまった。ヤバい!と急いで下に降りるとゲイリーたちは食後の時間ということでのんびり過ごしていた。
急いでゲイリーのそばに行ってフライ山の上空にワイバーンがいたことを報告するとゲイリーはあろうことか、「はっは、ワイバーンとは相手にとって不足なしですな。」と笑っているだけである。
なんだか慌てていた自分が恥ずかしくなってちょっと拍子抜けしたこともあって所在無げにブラブラしているとゲイリーがみんなを集めて言った。
「若様の報告によるとフライ山にはワイバーンがいるようである。ワイバーンは強い魔獣だから舐めてかかると返り討ちにされるぞ。気を引き締めていけ!」
あら?ちょっと様子が違うぞ。
もうフライ山の登山口である。森で様子が変わっていてもこういう場所は変わりにくい。
山登りを開始してと言っても緩やかな登り道を歩いていた時、突然向こうから地響きを立てて大きな塊がやってきた。大猪である。
慌てて2人の槍持ちがセットして大猪のチャージに備える。けれども、たった二本の槍では大猪を止めることなどできず、槍持ちは必死で回避して大猪の下敷きになることを回避した。
俺はアスカロンを抜いて大猪の首筋に切りつけた。大猪の首は太いので一撃では切り落とすことはできない。
ホムラは「大猪の首くらい一撃で落とさぬようではまだまだ修行が必要だな。」なんて嘆くようにいうがそんなの剣の長さを考えれば無理である。
首筋を切られて激怒した大猪は再びチャージを開始した。俺は真正面から鼻先に切りつけてバク転して大猪の上に乗り、さっきからつけた首筋の傷に再び切りつけて傷を深くする。多分動脈を傷つけたのであろう。さっきとはとは比べ物にならない大量の血が噴出している。
それでも大猪は走ろうとしてだんだんと動きが鈍ってきた。しまいには走れなくなってどうと倒れたのである。
ゲイリーはこの大猪の血抜きを命じて若者たちに山の上に運ぶように命じた。
若者たちからはなぜ俺たちがこんな重いものを運ばなきゃならないのかと不平が出たが、ゲイリーは「今日は猪肉パーティだぞ。」と一言言うだけだった。
血抜きを済ませた大猪を木の棒に吊るして何人かで運んでいると、いきなり上から羽ばたく音がして運んでいた若者たちは転んでしまった。
上からにゅっと大きな足が降りてきた。ワイバーンの足である。
俺はすぐに剣を抜いてその足に切りつけた。
ワイバーンは足を引っ込めて再び舞い上がった。
ワイバーンはそれでも降下を諦めない。
「奴めこの猪肉を狙っているな。これはやらんぞ。」ゲイリーが言う。
ワイバーンの狙いがわかったのでみんな剣を抜き、降下したワイバーンの足を狙う。槍持ちは羽根を狙って傷つけて飛べないようにしようともくろんだ。ワイバーンと俺の部下たちとの一進一退の攻防が続く。
ワイバーンの方も足を傷つけられないように首を伸ばして噛みつこうとする。
このままだと部下の中にワイバーンに食われてしまうのが出てくるかもしれない。なんといってもまだまだ修行は足りていない。
俺は浮遊術で浮かび上がってチャンスを狙う。
最初はワイバーンも俺を警戒して低い位置にいる時間を短くしようとしていた。けれども、つい地上を逃げ惑う俺の部下に意識を取られてしまったようだ。俺の部下を口で咥えて飲み込もうとしやがった。そんなの許せるわけないだろう。上からアスカロンを振り上げてワイバーンの首めがけて聖剣を振り下ろしたのである。聖剣は刃こぼれ一つせずワイバーンの首を切り離した。
ゲイリーはその時大声で「さすがは若様!我らの猪肉は守られましたぞ!」と叫んだ。
お前、この時に至っても食うものの方が大事なのか。
ワイバーンを切った反動を利用して地面に軟着陸した俺は思わずゲイリーを見たが、ゲイリーの奴は「若様、これで三つ目の首ですぞ、ワッハッハ」と大声で笑っていた。
首を巡らせて他の部下たちを見たらみんな俺の方を向いてうるうるした目をしている。
ゲイリーは「どうだ、我らの若様はすごいだろう。」と胸を張る。部下たちは口々に「若様万歳!」と叫び出した。なんだか気恥ずかしい。
ゲイリーは「さあ、もうすぐ目標の場所だぞ、力を振り絞って猪を持ち上げろ!」と叫んだ。
みんなは「応!」と答えてそれ以降は何事もなく山の中腹の広場にたどり着いたのである。
ゲイリーは領都の方に向かい、俺に「若様、あちらが領都です。お館も小さく見えるでしょう。残念なことにもう魔獣にやられて半分崩れてしまっております。」と言って涙を溢れさせた。みんなも領都の方を見ている。トーマスも泣きながら「イアンにも見せたかったよなあ。」と言っている。若い連中はあまり理解できていないようだった。
「みんな。国王陛下もこの領地を回復してほしいとお望みなんだ。まだまだ魔物はたくさんいるから並大抵の苦労ではないだろうが、みんな、失地回復のために協力してほしい。」
俺がそう言うと、ソランやアービンたちは「おいらたちは若様についていきます。」と力強く応えてくれた。
まだまだみんなに十分な給金を出してやるわけにはいかないのだけれど、トゥラニア騎士団の再建をここで宣言したい。
ちょっと逡巡しているとゲイリーが「若様、ここでトゥラニア騎士団の復活を宣言するのはいかがでしょう。無論、まだまだ給料を出していただくわけにはいかないことはわかっています。けれどもこここそがわたしらの土地なのです。」という。
「そうだな。こここそが我らの土地だ。豊かな我らの土地を取り戻そう!トゥラニア騎士団を再建だ!」
俺がゲイリーの言葉になってそう宣言するとみんなわあわあ騒いで嬉しそうである。
ゲイリーは「じゃあ、ここに印を」と言ってトゥラニア辺境伯の旗印とトゥラニア騎士団の騎士団旗を二本の棒に取り付けた。
「これが始まりということにしましょう。お前らはこれからは栄光のトゥラニア騎士団の騎士だぞ!若様に絶対の忠誠を誓え!」
俺は彼ら一人一人を跪かせてその背中に剣を当て、騎士に任命したのである。
それからかまどを使って火を起こし、猪肉を焼いてみんなで食べて騎士団の再建を祝ったのである。
食事の後は山の木を切っていくつかは組み合わせて四角い枠を作り、それ以外の大部分はそこに転がして乾燥させることにした。
「丸太を組み合わせて小屋を作るにもまずは木材を乾燥させなきゃいけません。」
ゲイリーは言った。
「まずは滞在できる小屋を作りましょう。小屋ができたらもし魔物に襲われても逃げ込むことができます。」
「そうだね。また少し時間をおいてここにこよう。」
「あとはここで切った木を売り払ってくれる商人が必要ですな。」
「商人たちにも当たってみよう。」
夜は見晴らしのいいこの中腹の広場で野営することになった。切った木をバリケードのように配置して魔獣の攻撃から備え、不寝番をおいて警戒せざるを得なかったのである。
翌朝まで警戒して特に魔獣の襲撃がなかったことには神に感謝して朝食をとり、フライ山を降りて見張り台まで戻ることになった。騎士に叙任されたということでみんなの士気は上がっていた。小さな魔獣の襲撃は相変わらずあったのだが、騎士たちが力を合わせて撃退したので俺が何か手を下す必要はなかった。木々につけたマーキングを逆に辿ることで俺たちは無事にお昼までには見張り台に戻ることができた。
ドワイトさんもヘンリーさんも我々の無事の帰還を喜んでくれた。もっともヘンリーさんはゲイリーからワイバーンの首を「三つ目だぞ。」と言って放り投げられて再び顔色をなくしていたけれども。
ドワイトさんは「ワイバーンまで狩っていただいたのですか?」とちょっと興奮気味である。この辺りにはワイバーンは少ししか生息していないけれども彼らではワイバーンを討伐することができずに被害を抑えることができなかったらしい。
「おそらく、今後はフライ山の近くで活動する予定ですのでワイバーンがいたらまた狩りますよ。」というとドワイトさんは嬉しそうだったが、「一応、きちんとウォーレン伯には話を通しておいてください。」と忠告してくれた。
見張り台の騎士たちにも猪肉の残りを振舞ったあと、俺たちはヘンリーさんを連れてナッシュビルの村へと帰還することになった。
ウォーレン伯はブラックウルフの毛皮を貰ったことに大きく感謝してくれた。けれども、フライ山の話については自分の決裁できる範囲を超えているからと暗に王宮に許可をもらえというばかりであった。
「まあ、騎士団再興の許しももらわなければならないわけだしなあ。」
俺はちょっと憂鬱な気分になったが、ヘンリーさんの青白い顔を見るとこっちの方がまだマシかなと考えるのであった。
ヘンリーさんはナッシュビルの村に戻ってきたあとはだんだん顔色も良くなった。能吏らしく魔獣の首の剥製についても既に王都で手配をしている様子だった。
そこでヘンリーさんにフライ山の監視小屋の建設とその周辺の領有許可と木々の伐採許可、また、トゥラニア騎士団の再興について相談してみた。
ヘンリーさんは今回の遠征で得た剥製や毛皮の類を全部王に献上しろという。
「まずは我々が相応しい力を持っていることを証明しなければなりません。そのためにはワイバーンやグリズリーの頭の剥製は説得力があるでしょう。また、オオカミの毛皮やクマの毛皮は財務大臣を説得する材料になるでしょうね。」
そうしてヘンリーさんは王宮に面会の許可をもらうことについて約束してくれた。
その後は再びヘンリーさんの家で家庭教師の授業を受けたり、孤児院でトゥラニア騎士団の騎士たちを鍛えたりという生活を送っていた。
ヘンリーさんはあの真っ青だった遠征の時とは打って変わって自信に満ち溢れていた。
二週間ほど経ってから国王との面会の許可が降りたという連絡があった。
どうやらヘンリーさんはあの剥製が完成するのを待っていたらしい。俺たちは再びあの謁見室に足を運ぶことになった。
謁見室には国王陛下とテレジア王女、そしてロイド宰相がいた。
国王陛下は「久しぶりだなエドワード、もう辺境領に行ったのか?ちと早すぎはせんか?」と言ってきた。
ヘンリーさんは国王陛下に「いえ、まだまだ本格的な動きではありません。今回は我らの壊たれた居城を確認するのが大きな目的だったのです。」と言う。
「はい。ウォーレン伯のご厚情により見張り台まで送っていただき、そこからフライ山まで参りました。そこから我らの父祖が眠るかつての館を望み見ることができましてございます。」と俺が続けた。
で、そこな剥製の恐ろしい頭ということになるわけじゃな。
「はい。ワイバーンは頭だけを持ち帰りましたが、ブラックウルフやグリズリーの毛皮を得ましたので献上しようとお持ちいたしました。」
国王陛下はクマの毛皮には感じ入った様子で「これほど大きな熊の毛皮は見たことがないわ。これは是非大謁見室の床に敷きたいものじゃ。外国の使節どももこの毛皮を見たら驚いて目を回すだろう。」
ロイド宰相も「まさに王の申される通りでしょう。このような熊の毛皮は世界広しといえどもここにしかない逸品と言えるでしょう。」と王に同意する。
「このブラックウルフの毛皮も良い品じゃ。これはエドワードに褒美をやらねばならんな。ヘンリー卿それで良いか。」
「はっ、エドワード様は我らが家門の総領になるお方でございますから。是非ありがたくお受けしたいと思います。」
王はさらに言った。
「ふむ。それとフライ山とその周辺の土地についてじゃが当然切り取り勝手でよいぞ。木を切って売ろうとも勝手で良い。」
「承知いたしました。」
「それと騎士団についてじゃが、20人くらいであれば我が王都騎士団で一時的に召し抱えてやろう。お主らがきちんと給金を支払えるようになればその時には独立して良い。もちろん主人はエドワードで構わぬからな。」
そこでテレジア王女が加わった。
「ねえ。確かに毛皮がすごいのはわかるけれど宝石などはないの?」
ヘンリーが答えた。
「王女殿下、実は領内にはダイヤモンドやルビー、サファイアの採れる宝石鉱山はあるのです。けれどもその鉱山はもっと山奥にあるのです。今回の遠征ではまだその鉱山には行きつかなかったのです。」
それを聞いて王女は目を輝かせた。
「領地を回復できましたら是非王女様にも最高の宝石を献上させていただきたいものです。」
ヘンリーは如才なくそう言った。
ロイド卿は「さあ、もうしっかりお話ししましたね。ではまた日時をご連絡しますのでその時には大謁見室で正式な謁見をしましょう。楽しみにしてくださいね。」
こうして王家との謁見は無事に終了したのである。




