34 余裕だぜ。
余裕だ。図体がでかいだけだ。魔力はそれほどない。
そしてオレも魔法はそれほどうまくない。つまりは、純粋な力勝負。おそらくだが。
「ガブザ・ピエトロ。能力は『ザ・クラフトライン』……だったな」
ラリルから前もって伝えられていた情報を、頭の中から引っ張り出す。
目の前の初老の男ガブザ・ピエトロは、肌がやや透き通っていて半透明だ。幽霊ではなく、また違った種族らしい。
身長はだいたい三メートル弱。鍛えられたからだというわけではなくぱっと見た感じだけでは図体がでかいだけ。だが、わかる。この感じは、強者だ。……まあ四天王なのだから当然だろうが。
固有魔法『ザ・クラフトライン』は、触れた物の製作工程を巻き戻し、繰り返す能力。つまりオレの剣がガブザに触れると、鋼の延べ棒……もしくはもっと遡って鉄鉱石にまでされるかもしれないわけだ。ガブザ自身はその逆も可能なのだから面倒くさい。
「準備はできたか。勇者よ」
待ってくれていたらしい。「ああ」と適当に返事を返すと、ガブザは黄金の大剣を構えなおした。
「っ……!」
その瞬間、どっと周辺の空気に圧がかかる。……いや、オレがそう感じているだけだ。それだけガブザは強いという証拠でもある。
だが、相手が強ければオレだって負けてはいられない。
「最後に立っているのは、オレだ」
「……今まで何人もの愚者が同じ科白を吐いたことか」
そうかもしれない。……でもな、オレは違う。勇者だ!
「『インペリアル・コート』ッ!」
「『インヘイル』」
オレの魔法がかき消される。
すれ違いざまに斬りつけようとしたが、魔法による補助もないので敵が受け止めた剣に傷は入らない。
「そう思っただろ」
「それがどうした」
「違うんだな、それが」
ずるり、とガブザの剣の半ばからが落ちる。
「魔法が使えないからってなめるなよ。愚者も愚者なりに頭を使うのさ」
オレの言葉に返事をするように、左腕にはめていた腕輪の宝石の片方が、淡く光る。その腕輪はスクィリアの戦利品で、それをラリルがこっそり改造してくれたらしい。僅かながら、『イメージを実現する』魔法を追加してくれたそうだ。相手が油断していてくれたからうまく発動できた。
「ほう……面白い」
折れた剣を握ってもなお変わらない覇気。オレは一歩も引かず、まっすぐガブザの目を睨む。
「続けるぞ」
「来るがいい」
折れた剣でオレの剣を弾き、火花が何度も散る。打ち合うたびに手に強い衝撃が来て剣を取り落としそうになるが、しっかり握って耐え凌ぐ。
剣だけでは全く攻撃が通らないので蹴りも混ぜたいところではあるが、そこまでの余裕はオレにはない。
「やれ腕輪ぁ!」
わずかにガブザの大剣の柄へひびが入る。だが剣が崩壊するほどではなかった。
だが相手の注意を少し逸らすことくらいはできたらしい。一瞬の隙を突いて――
「せいっ!」
脳天へ剣を叩きこむ!
刺さった、と確信した瞬間……まさかの事態に次はオレの動きが止まった。
オレの剣は、ガブザの頭にわずかに刺さっただけで止まっていた。筋肉か頭蓋骨かは知らないが……どちらにせよ通じていない。ガブザはオレの剣を素手で握り、わずかな笑みを浮かべた。
「『ザ・クラフトライン』」
しまった……!
ただの鉄屑となってしまった剣を投げ捨て、オレの方を向き直るガブザ。
まずいぞ……オレの武器が壊された。素手での戦いも多少の心得はあるが……ガブザに通用するかと言えば、おそらく否だ。最後に頼りになるのはこの腕輪の能力か……。しかし二度も能力を見せてしまったのでそうやすやすと攻撃が通用するとは考えにくい。
「来ないなら、こちらから行くとしよう」
地を蹴るガブザ。ダイナマイトが爆発したのかと思うような轟音が響き、オレの首めがけて黄金の剣が飛びかかってくる。なんて速さだ、十分距離は取ったと思っていたのに。
瞬時に後ろへ倒れて横薙ぎの斬撃を躱す。
「がはっ!」
すぐにガブザの蹴りが俺の腹へ直撃し、鈍い骨折音と共に吹き飛ばされる。
飛んだ先で地面に叩きつけられ、また骨が折れる。ちくしょう、あばらが……もう三、四本は折られたな。
俺を確実に仕留めようと飛んでくるさらなる追撃をなんとか飛びのいて躱し、体勢を立て直す。
「来い……」
腕輪の能力で剣を創り出す。
できるか不安ではあったが、トパーズのような黄色の透き通った刀身を持つ短剣が生まれた。あまり強そうではないものの、これでもまあないよりはましだ。砕かれた時に破片が刺さらないのを祈ろう。
「奥の手かと思ったが杞憂だったようだな。そのような物、ただの飾りと同じだ」
だろうな。無駄に柄の装飾は凝ってるし、少なくとも戦闘用ではないだろう。貴族が家に飾っておくような鑑賞専用のおもちゃだ。
ぶん、と剣を振るう。明るい残像をわずかに残し、剣は空を切った。
「こっちから行かせてもらうぜ。『インペリアル・コート』!」
魔法を剣に纏わせ、全力で地を蹴る!
大きく振った鑑賞用の剣をガブザはいともたやすく受け止める。そしてすぐにガブザの反撃が来たが、なんとか剣で真っ向からはじく。手に強い衝撃が来た……この調子で打ち合えばいつか腕の骨まで折られそうだ。
いっぽうのガブザは少し意外そうだ。ああ、オレも剣にヒビくらい入るんじゃないかなとは思っていたが……この剣、思ったより丈夫なようだ。
「即席でつくったにしては、なかなか良い剣だ」
「どうも……!」
うぐぐ……腕が痛い。正直、しんどい。
こちらが攻めようとしていたのに、相手の速度と力に押されてすぐ防戦一方に追い込まれてしまった。
なんとか飛びのいて距離を取る――がすぐに追いつかれて戦闘が再開。
「っ」
オレの右腕に浅くはない傷が入り、血しぶきが飛ぶ。
腕輪に向かって「何とかしてくれ」と念じるが、何も起こらない。相手が腕輪を警戒している以上、直接的な攻撃は通用しないのだ。
「……む」
突然、ガブザが動きを止めた。大技の準備か……と思ったものの、そうでもなさそうだ。
ガブザの視線は、オレの剣の刀身に向けられている。
「どうかしたか」
「……なんでもない。ただ、昔の記憶が蘇っただけだ……」
昔の記憶……?
オレが不審に感じていると、ガブザはさらなる速度でオレに迫る。こいつ、ぜんぜん本気じゃなかったのか……!
「『インペリアル・コート』!」
不意打ちのような感じで魔法を使ってみる。ガブザが『インヘイル』を使うよりも先に刀身が敵の左腕へ突き刺さる――ものの、四分の一程度しか食い込まない。罪の重さはこれまで斬ってきた何よりも重かったが、それ以上に敵の防御が硬すぎた。化け物だろ……。
すぐに飛んでくる反撃を、剣を手放して回避する。
「クソッタレ……!」
また武器がなくなってしまった。ガブザがオレのことを上から見下ろす。
「終わりだな。喰ら――」
――ビシッ。
「……どうした?」
ガブザは動きを止める。……いや、痛みに耐えている?
「なん、だと……聖剣……!?」
「は……?」
突如、鑑賞用の剣がまばゆい光を発し、黄金の光がガブザの体から漏れ出す。
「ぐおおおおおおお!? 聖剣など、とうの昔に破壊しておいた、はず――」
途轍もない爆音が『聖剣』から響きわたり、ガブザの体は見事に四散爆裂した。
なんで聖剣なんて呼び出されたんでしょうね。雄太郎は『剣をくれ!』と念じたので、作ったわけではなく呼び寄せました。聖剣を。




