33 アイ
「……こちらの作戦を崩されましたか。勇者が四人と聞いていましたが、少し見くびっていたようですね」
アタシの目の前には、青白い肌をした青年が佇んでいる。
強そうとはお世辞にも言えない、いわゆるがり勉とも言えるような外見だが、その周囲に浮かぶ圧倒的な魔力の量がそれを補っていた。正直、アタシじゃ勝てるかどうか……前回同じような状況で交戦したアシュア・ペテルブルグとは比べ物にならないほどの気迫だ。
「アップヒルは勇者じゃないよ。勇者はアタシとユーくんだけ」
「そうですか。それは悪手でしたね……悪手の中でも悪手だ。勇者を魔王へ向かわせておけば、まだ善戦はできたでしょうにね」
ルミネアで習った。勇者とその仲間以外は、古代の魔法によって魔王に傷を負わせられないと。その代償に、勇者は魔王に大きなダメージを負わせられる。普通に考えれば、ラリルはアップヒルではなくアタシかユーくんのどちらかを魔王へ向かわせるべきだったのだ。
でも。
「勇者じゃない。でも、あの子はオールマイティだから、きっと奇跡を起こしてくれるよ!」
「奇跡などありませんよ。それを学んでおくべきでしたね、賭けに出る前に」
空気を裂くように敵の周囲を火花が散る。
「魔王四天王のひとり、スィシエン。一対一になろうが、特に状況は変わりません……予定通り、すぐに終わらせますよ」
突然、火花がぐわっと増幅して龍を形作った。
「『ザ・インパルス』!」
火花の龍はアタシに向かってつっこんできたが、すんでのところで回避。
えーと、火花ってどう対処すればいいんだろ……!?
「無駄ですよ、この龍は魔法で形作られている。よほど上級の『インヘイル』でない限り倒すことは不可能ですから」
「助言どうも!」
ならやることはひとつだ。本体を叩くのみ!
アタシは『フレイムスピア』をはじめとする、使える限りの強力な魔法を大量に出現させて包囲網を創り出した。
「『インヘイル』」
そしていともたやすく消し去られる。だけど、想定内。
「魔力よ爆ぜろ! 暴れ狂えっ!」
アップヒルが自慢げに見せびらかしていたから、なんとなく対処法は思いついている――確実かどうかは実験しないと分からないけど。たぶん、吸い取られた魔力も、しばらくの間はまだ影響を及ぼせるのだ。
だから、暴発させる。魔力を力のまま暴れさせた。
「ぐっ!?」
突然の爆発と衝撃に、スィシエンもあまり対処ができずもろに吹っ飛ぶ。アタシはそこから追撃をかけるために魔法を撃ちこんだ。
背後から迫ってくる龍も当然忘れてはいない。『ザ・インパルス』で適当に躱す。
「……なかなか、やってくれたではありませんか」
アタシの体をすり抜けていった龍はスィシエンの元へ戻り、戦闘開始前のようにばらけてただの火花に戻った。
「ですが、何も問題はない。この状況からこちらが勝利する確率は、計算上八十七パーセント……」
スィシエンは髪を雑に描き上げ、こちらを見据える。その視線がなぜか刃物のように、アタシの皮膚に突き刺さった――ような感触がした。
「力というものをお見せしましょう。あなたのような付け焼き刃の力ではなく、実力も技術も伴った本物の力というものを。……『ヒドゥン・プレミアム』!」
魔力がスィシエンの周囲をぐるりとめぐり、一気に拡散する。
……でも、何も起こらない? いや、そんなはずはない。何かが変わったのだ。
「……なーんにも起こってないじゃない」
「ええそう感じるでしょうね。でもこちらの勝利が確実になったということだけが変わりました」スィシエンは不気味な笑みを口元に貼り付ける。「『ヒドゥン・プレミアム』は発生確率が五割以上の事象を確実に発生させる魔法。こちらの勝利確率は、八割から十割に変化したのですよ」
スィシエンは「試してみましょうか」と呟くと、右手を掲げてその周囲に魔力を浮かべる。
「これからとある処理をします。その後に制御をやめるとおよそ六対四の割合で爆ぜるか、霧散するか……しかしこの魔法を使えば確実に爆ぜさせることも可能」
そして、数回連続して爆発が起きる。
はったりにしか見えないんだけど……アタシがそう思っていると、スィシエンはそれを読んだように頷いた。
「はったりではありません。どうせこれから体感できるのです、せいぜい疑っておくとよいでしょう」
そして飛びかかってくる火花の龍。
「くらえっ『ウォーターガン』!」
「『スパーク』」
龍を食い止めようと魔法を放ったけど、水の弾丸と電撃が相殺しあって防がれる。その合間を縫って龍が来た。
「っ!」
しまった!
右腕に鋭い痛みと熱さが襲い掛かる。やけどしたかな……。魔法で回復させておくので、あまり重要ではないが。
「『フレイムスピア』」
スィシエンに『インヘイル』を使わせないよう、生成したそばからすぐに槍を飛びかからせる。
だがやはりというべきか、それらは魔法によって作られた水の壁に溶けて消える。
「通じませんよ」見下すようにアタシの方を向いたスィシエンが、訝しげな表情を浮かべる。「……何を笑っているのです?」
「いや。滑稽だなって」
突如、地響きのような轟音が響く。アタシは適当に結界を張るが、スィシエンは……どうだか。
閃光に埋め尽くされた世界の中、荒れ狂う魔力の波のせいでスィシエンの状況を確認できない。まあ、いいけど。
「――『ラグナロク』」
水の壁で防ぐどころか、すべてを蒸発させて炎の猛威が敵を襲う。
制御が難しい。自分を守る結界さえも弾き飛ばしそうだ……。
なんとか魔力を押しとどめ、しばらくするとようやく元の風景が戻ってくる。スィシエンは、
「……無駄、と言ったでしょう?」
立っていた。
魔法で防御したのか。まあ、四天王ともなれば反応するのも容易いだろう。
「勝敗は変わらないのですよ。では、こちらか――ら?」
何かに躓くようにばたりと倒れるスィシエン。
アタシはその近くに歩み寄る。目線が交差する。
「価値を確信して魔力をほとんど防御につぎ込んだんでしょ。四天王のくせして、魔力配分も考えられないなんてね」
はっ、と事実に気付いたような表情を浮かべるスィシエンだったが、すぐ笑い始める。
「ははは……こちらが負けたとしても、魔王様はもっと、もっともっと強い。結果的に勝つと……そういうことでしたか……ははは、あははははは!」
「!」
残りの全魔力――とはいえ僅かだが――をつぎ込み、スィシエンは『エクスプロージョン』を発動しようとする。
アタシが魔法をかく乱するよりも前に、スィシエンは――自爆した。
ちなみにスィシエンは大きな勘違いをしたまま死にました。もともと勝利確率は二割程度の所を計算ミスと大きな油断によって八割と勘違いしたのです。ぶざまだね。




