エピローグ
数日の時が過ぎた頃、俺は一人公園のベンチで伸びていた。
身体中には薄っすらと汗が滲み、呼吸と共に僅かに肩を上下させる。
手には、自動販売機で購入したスポーツドリンクが握られていた。
俺は呼吸を整え終わるのも待たず、勢いよく喉に流し込む。
「げふっ!? がはっ!?」
咽た。
口元から溢れた液体を袖で拭い、大きく息を吐く。
「やっぱ訛ってるな」
肩を回したり、身体を伸ばしたりして調子を確かめる。
やはり、体力は思った以上に落ちていた。
あの時、魔族との戦いを終えてから暫く、俺は家でずっと寝たきりだった。
ガルオゥムの治療のお陰で傷は殆んど癒えてはいたものの、それ以前に受けたダメージを無視して、無茶な魔力行使を行った為、その代償か、傷が癒えても起き上がれずにいた。寧ろ動けば筋肉痛にも似た痛みが全身を襲うものだから、動く気にもなれなかったのだが……。
魔力による肉体強化。その発展による俺だけの魔法――【雷迅天装】。
強化に使う魔力が、普段の強化魔法以上に使う為、肉体から溢れる魔力が雷の如く光輝く事からそう名前が付けられた。
更に、単純に強化だけに留まらず、肉体の制限を強制的に外す技でもある為か、万全ならばいざ知らず、あれだけ痛め付けられた身体だ。使えばその後のオチは想像に難しくは無かった。
また、眠りから覚めた後、あかりからの一報を聞き付けた明日美さんから、「暫く絶対安静! 外出禁止!」と言い渡されたのもあり、結果、療養を強いられていた。そして、こっ酷く叱られもした。
と、言うのもあり、許しが出るまで寝たきり生活。それ故に相当身体が鈍ってしまった為、現在俺は、体力を鍛え直そうとジョギングに出たのだ。しかし、失った体力は思った以上に酷かったようで、数キロの距離ですら、息切れを起こしてしまう為体だった。
上下する肩が収まり、火照った身体が僅かに肌寒さを感じた所、俺は公園へと視線を向けた。
公園には数人の子供達が、設置された遊具できゃっきゃと遊び騒いでいる。
今日が休日とあってか、まだ陽が高く昇り切っていない時間帯から、既に少年少女等がこの場を独占していた。
だが、俺が見た物は別だった。
そう、あの戦いによって、出来た痕跡だ。
だが、どう言う訳か、目に映る光景にはその傷痕が一つも無かった。
俺ごと打ち付けられたアスレチックの窪みや、ガルオゥムや魔族によって抉られた地面――そのどれもが、綺麗さっぱりと消えていた。
後に、その理由を知るのだが、今の俺には不思議で仕方が無かった。
ともあれ、何事も無かった様に、公園は今も憩いの場として機能している。そう考えれば、「まぁ、良いか」と流すべきだろう。
そう、物思いに更けていると……
ふと、一人の少女と目があった。
俺は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
気付いた少女が、俺を見るや此方へと近付いて来る。……笑顔で。
正直関わり合いたくない人物が居た事に、俺はわざとらしく盛大な溜息を吐いてみせるが、当の本人は何処吹く風と言わんばかりに、さも自然に俺の隣へと座る。
「……てかっ、何やってんだお前?」
「なんじゃ? 友達と遊んで何か悪いか?」
少女、――否、魔王はニタリと子供らしからぬ笑みを湛え、此方を見遣る。
正直腹立たしいと感じるが、今は周囲の目がある。堪えて大人な対応を見せるべく、俺も笑顔で応える。
「気色悪っ」
ブチッ、と眉間で何かが切れる音が響いた。
堪えろ俺。此処でキレてどうする!?
「それよりも、随分と楽しそうだな」
「うむ。存外これも悪くはないのう。お主も混ざらぬか?」
「結構だ! てか、白昼堂々と良く俺の前に現れたな、魔王さんよ」
「今は花も恥じらう女子小学生じゃぞ? 子供が外で遊んで何か不都合かの?」
当然とばかりに言ってのける魔王は、尚も笑みを崩さない。
こうも人を馬鹿にする態度は、相手が相手とあってか、苛立ちを駆り立てるには十分だった。
「さて、無事問題は解決出来たのか?」
「……使い魔の目を通して見てたくせに良く言うぜ」
「おや? 気付いていたのか。ともあれ、お疲れ様じゃな」
「手前ぇに労われると虫唾が走る」
「折角の労いの言葉なのに」と、肩を竦めてみせる魔王。その一挙手一投足が、事更に俺を苛立たせる。
こいつとは分かり合えない。俺は改めて再確認した。
相手が魔族の王――魔王である以上、分かり合うつもりも無いのだが、とにかく幾ら理性を持って考えても、こいつとは反りが合わないと悟る。
当の本人は、そんな俺にお構いなく、ずけずけと絡み出す。
「で、今後お主はどうするつもりじゃ? 無論元の世界に戻るのじゃろう?」
魔王は事の顛末を知っている。無論ガルオゥムがこの世界に来たと言う事は、帰る事も出来ると踏んでの発言だと分かる。故に、彼女は問う。
「そういうお前は、どうするつもりだよ?」
なので、俺も質問で返す。
仮にも彼女は魔王だ。腹に一物を抱えている事だろう。
何かしらの企みがあってもおかしくはないと、俺は考えた。
「質問を質問で返すとは関心せぬな」
魔王は再び肩を竦めて見せ、短く溜息吐いた後、――「我は帰らぬぞ」と答えた。
驚くべき発言だった。
思わず目を丸くしてしまい、彼女の発言にもう一度と問い返す。
「くどいの。我は帰らぬ。そもそもお主……否、あの世界での戦いは決着が着いたじゃろう? なら、せっかく生き長らえた命じゃ。余生を過ごす位の贅沢くらいさせて貰えぬもんかの?」
俺は信じられないと食って掛かった。しかし、少女が見せる表情からは、小馬鹿にする笑みは一切と消えていた。
真っすぐと俺を見据え、事真剣に、彼女の口からは嘘偽りない言葉が紡がれていた。
ふと、少女が物悲しそうに空を見上げ、語る。
「我は負けた。一族の悲願を背負ったものの、我等は負けた。なら、負けた者は歴史から消えるのは定めじゃ。……違うか?」
故に、と尚も彼女の口から言葉が紡がれる。
「我は帰らぬ。その方がお互いに都合が良いじゃろう。それに、疲れたのじゃ。戦うのはもう嫌じゃ。なら、折角の安息の地に留まるという選択肢は間違いかの?」
本当に、悲しそうな瞳を空へと向けていた。だからこそ、俺は余計に信じられないと叫んだ。
ふざけるな! と、彼女の襟首を掴み上げる。
「何勝手に終わらせてんだよ手前ぇ! 手前ぇがした事を、罪を終わらせてんじゃねぇ!」
何とも身勝手な言葉だと感じた。だからこそ、俺は憤怒した。
あの魔王が、人類を滅ぼすと戦争を仕掛けた悪が、終わりにしたいだって?
許せる訳が無かった。許してはいけない。
掴む手に力が籠る。
「確かに、我がした事が許されぬ事なのは承知しておる。だからこそ、勇者よ。お願いがある――」
もう、終わらせてくれ……と、消え入りそうな声が耳に響いた。
不意に、何処からともなく視線が降り注いだ。
彼女と遊んでいた子供達。それだけではなく、この公園に訪れている人達からの視線。
俺は舌打ちし、手を離した。
これでは何方が悪役だろうか。
俺は跳ねた黒髪を掻き毟り、やり場の無くなった怒りを堪える。
確かに、魔王の言う通り、ヴァーリ・スーアで俺達は戦い、結果、終わらせた。それは事実だ。だが、生きている。
でも、彼女の言う通り、このままこの世界で大人しくしていてくれれば、それは確かに都合がいい。ではどうするべきか?
俺は暫く思案した後、結論を告げる。
「――分かった。終わらせてやるよ。ただし条件がある」
「何じゃ?」
「……家、教えろ」
「は?」
魔王は目を点にして、俺の発言に小首を傾げる。
「仮にもお前は魔王だ。ほっとく訳にもいかない。暫く監視させてもらうから覚悟しろ。後、創さんにお礼をしようにも家知らないんだよ。それに、お前にだって借りがあるんだ。そのお返しもしてやるから教えろって話だ。……それが終わったらお前の事はきっぱり忘れてやる。それで良いだろっ」
暫く静寂が辺りを支配した。
だが、それも直ぐに崩れ去る。
「――ぷっ、くくっ……あははははははっ!」
魔王が盛大に笑いだした。
「な、何だよ急に!」
「いや、すまぬ……くっはは。……何じゃその条件は……あひひっ」
顔を赤くする俺を他所に、彼女は未だ腹を抱える。余程可笑しな話だと言わんばかりに。実際、自分でも言ってて馬鹿らしい条件だと思った。
魔王は二つ返事で了承する。未だ噴き出す様を見せ、俺の手を引く。
「最後に、一つだけ答えろ」
「何じゃ?」
「あの時、何故手を貸した?」
「……さてな。ただの気まぐれじゃ」
最後の最後で、彼女はそう答えた。
あくまで語る気はないと知り、俺はそのまま彼女の誘導に身を預ける。
正直言えば、魔王を許す気は毛頭ない。許して済む道理を超えている。だが、この世界での彼女は無力に近い。
それに、何かしらの悪事を働けば裁けばいい。
そう考え、俺は、望んだ形とは違った、魔王との一応な決着と、奇妙な関係が始まったのだった。
「――と、言う訳なんだが、構わないか? ガルオゥム」
更に数日の時が過ぎ、俺は再び地球へと訪れたガルオゥムに、この世界に留まる理由を告げる。
「なんとまぁ、まさかのう……。否、おお主が生きてるとすれば、それも道理か。じゃが、どうしてまた」
「いや、正直に言うと、まだあいつの事が気になってって言うか……まぁ、勇者の使命ってとこだ!」
「ふむっ」
ガルオゥムは、髭をゆっくりと撫で下げつつ、俺の言葉に耳を傾ける。
「そういう事なら、儂は止めはせん。それに、その……じゃな? う……むぅ」
「やけに歯切れの悪い言い回しだな。どうした?」
「――実はな。儂からも、お主に頼み事があっての。じゃが、お主が自発的に残ってくれるのは在り難い……じゃが……」
「え?」
地球に残るのが在り難い? どういう事だろうか?
俺は思わず問い返す。
ガルオゥムは、暫く思い悩むように唸るが、暫くして、漸く、彼の重い口が開かれた。
「実はな……ライトよ――」
それは、余りにも衝撃が大きかった。
此処まで読んで頂き感謝感激!
さて、第一章終了!
色々と拙い所も多々ありましたが、楽しんで頂けたら幸いですよ
ホント(;'∀')
そして第二章始まります! ええ、まだまだ続きます!
次の投稿は、4月1日を予定しております♪
それでは、改めて、【藤林家の勇者さま!】をよろしく!




