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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
16/33

3-4 ささやかな冒険と宴




「これ、気持ちいいね!」


 みゆきが楽しそうに言った。

 風がうなり、その声もかすれて聞こえる。

 全身を風が叩き、今にも吹き飛ばされそうな勢いだ。


 歩達は今、キヨモリの背に乗って大空を駆けている。

 あの後、隣の部屋で寝転んでいたキヨモリを起こし、皆で乗っかった。

 首の真後ろに唯、双翼にそれぞれ歩とみゆき、そしてそれぞれのパートナーがひっかかっている形だ。邪魔になるのではないかとも思ったが、キヨモリはそれくらいでは何の負荷にもならないらしい。歩が昏倒させられたのが百に一つだったんじゃないか、と今になって思わせる程の呆れた膂力だ。


 ばさり、と大きな翼が動かされる度に、強烈な風が舞い起こっているのがわかる。いつもは肩に乗るアーサーを、歩は抱えなければならなくなっている位だ。

 みゆきが再度言う。


「唯! これほんとに気持ちいいよ!」

「私もそう思う! 『竜は飛んでこそ竜』の意味もわかるってもんよね!」

「ほんとにね!」

「けどさ、イレイネも空飛べるんじゃない!? 飛んでるとこみたよ!」

「飛べるけど、こんなに速くは飛べないよ!」


 確かに、イレイネは身体を宙に浮かせることができる。それは歩達に見せた雨のような技からもわかる。ただ、流石にこれほどの速度は出ない。

 風が耳をさくように流れ、大声でないとすぐ隣の声も聞こえない。すさまじいまでの力だ。

 唯が鼻高々に笑顔を浮かべている。


――確かに気持ちがいい。

 見下ろすと、光が線となって伸びている。風がうなる音や、皮膚の表面をけずるように流れる大気など、そうそう体験できることではない。全てが洗い流されて行くような、そんな感覚だ。


 女性陣二人ほどの盛り上がりはなかったが、歩も楽しんでいた。みゆきの影ともいうべきイレイネも、ずっと微笑んでおり、心地よさそうだった。

 ただ、むくれているのがいた。

 アーサーだ。


「ふん! 我も飛ぼうと思えばこれ位」


 どうもプライドが刺激されるらしく、不満げに鼻から炎を漏らしていた。漏らした炎も風に流され、鼻水を垂らしているかのような体たらくだ。

 歩はまだ先程のやりとりから吹っ切れてはいなかったのだが、それを見て笑ってしまった。笑っていると、ひとまずは忘れることができた。


 楽しい時間は矢のように過ぎる。実際、数分足らずで目標地点に着いた。

 場所は、森と住宅街の間の、ちょっとした空き地。降り立ったとき、砂地の足元が舞いあげられた。


「終わっちゃったね―」

「また今度乗せたげるから。次は遠出しようよ!」

「いいね! 楽しそうだ」


 女子二人は既に次の約束をしていた。本来の目的を忘れているのではないかというはしゃぎっぷりで、竜殺しのことも頭の端から消えているに違いない。

 時間ももう大分遅くなっているのもあり、歩は空気を読まず割って入った。


「ひとまず、買い物済ませようか。何食う?」

「鍋などいいのう。酒をたっぷり入れてな」


 アーサーはもう気を取り直して、食い意地を張っている。

 頬を上気させたみゆきが返答してきた。


「そうだね。折角だから作りたいけど、手早くできるのがいいかな。大きめの鍋とかあった?」

「それは流石になかったかな」


 思い返してみたが、棚の中には小さめの手鍋しかなかったような覚えがある。

 アーサーにも聞いてみたが、ない、と端的な答えが返ってきた。


「なら買ってくか。キヨモリ、まだ運べそう? それに、キヨモリどれくらい食べる?」

「あ、うん。キヨモリはまだまだ余裕で運べると思う。食べる量はきりがないから、少し多めの一人分位で、後はいつも食べてるのが学校にあるから……だけど」


 唯に話を振ってみると、何故か反応が薄い。先程までの余波で頬は赤いのだが、眉を下げて困り顔になっている


「どうした?」

「あ、あの、私、料理できないんだけど……いいの? 私、包丁も握ったことないの……」


 ほっと気が抜けると同時に、微笑ましいだと思った。


「関係ないよ。運んでくれるのはキヨモリだし、何もしてないってことはないからさ。それを言うならこのクソ竜とか食うだけのつもり満々だしな」

「ふん! 我には味見という、唯一無二の仕事がある!」

「ははは。確かに、アーサーは舌いいもんね」


 唯はびくびくと覗っていたが、本当に歩達はどうとも思っていない。できるやつがすればいい話だ。


 時間ももう大分遅くなってきている。伝手の相手も、できるだけ早いほうがよかろう。ただでさえ迷惑行為なんだから。


「とりあえず、行こうか。もう遅いしね」

「そうね。唯もさっさと行こう! キヨモリはここで待っててもらっていい?」


 唯の承諾を受け、キヨモリはその場で待機となった。

残った面子で近くの商店街に移る。

 すぐに目標の場所にはついた。行った先は、色々と世話になっている商店街。多くの店のシャッターは閉じられており、閑散としていた。空いているのは、二十四時間営業の礼の駄菓子屋と一、二件だけ。


 歩はまだ空いている店ではなく、既にシャッターが閉じられた店の前に進んだ。

 そこから脇にそれ、人一人がやっと通れる位のスペ―スを通り抜けた先の、小さな勝手口のところまで行くと、戸を叩いた。


「すみません、水城歩です。いいですか?」


 すぐに反応があった。戸ががらりと開けられ、そこから出てきたのは無精ひげの伸びた、赤ら顔のおじさんだった。

 歩を見て、破顔した。


「おー、歩ちゃん! どうした? つっても内に来たなら目的は一つか! よし、店開けるから待ってろ」

「わざわざすみません」


 ガハハという笑いが店先に引っ込んでいく。その音についていくようにして店の表に戻っていった。

 戻ると、困惑顔の唯がいた。妙に心配そうだ。

 歩がついてそう経たない内に、シャッターががらりと上げられた。まだ野菜がいくつか残っており、閉店作業は終わっていないようだった。


「おお、みゆきちゃんも一緒かい! もう一人きれいどころ揃えてるなんて、歩も隅におけねえなあ」

「野菜、いいですか?」

「おうよ、何が欲しい? 何食うんだい?」

「鍋しようかと思ってるんですけど、いいのあります?」

「おうさ! 白菜とか春菊いいのが残ってるよ!」

「私、お肉の方行ってますね」

「調味料も一緒に頼む」


 イレイネを連れてみゆきが去っていった。それを見て唯がどうしたらいいか迷っているようだが、そうこうしている内にみゆきは見えなくなった。

 もじもじしながら、結局歩の後でぼうとしている。

 それを見て、八百屋のおじさんはなにやら唸り出した。


「いや、いい子だね~ほんと可愛い。俺が後十年若けりゃ」

「犯罪ですよそれ」


 それを聞いて、唯が顔をむっとさせた。


「いやいや、歩も見た目が幼いからってことじゃなくって、高校生に手出すことがって意味だからさあ」

「フォローになってないですよ」


 歩は手にした白菜の根っこの辺りを見ながら答えた。

 さらにむくれる唯に、おじさんが豪快に笑い飛ばす。


「いやいや、ごめん。おじさん気が利かなくって。まあ内の野菜食ってりゃ胸も大きくなるさ!」

「下品っす」


 両手で自分の胸を掴みあげながら、おじさんが言った。超重量級のおじさんの胸は、単純な大きさだけなら唯とは比べ物にならないだろう。

 唯の顔が真っ赤になっていると、歩がざっと目利きを終わらせた。


「これと、これも加えて、これでお願いします。あ、あと籠も貸してください」

「おう、結構あるね。まあそこの嬢ちゃんに一杯くわせてやりな!」

「遅くにありがとう」

「類さんによろしく言っといて」

「母さんには頭上がりませんもんね。奥さんにも尻に敷かれて災難っすね」

「うるせえよ。ほらさっさと帰れ、内の母ちゃんの飯が待ってんだよ」

「そりゃすんません。では奥さんにもよろしく」

「はいはい」


 手早く会計を済ませてお釣りを受け取ると、おじさんが閉める前に歩がシャッターを下ろした。買った量は、大きめの籠四つ分にもなった。キヨモリの分もできるだけ、と考えるとこうなってしまう。

 ふと後ろを見ると、唯が顔を真っ赤にして肩を震わせていた。


「いや、ごめんごめん。気はいいんだけど、一言余計なんだよね、おじさん」

「いえ……」


 そこで何か思い出したのか、はっと顔を上げて唯が尋ねてきた。


「それはともかく、八百屋さん、いちいち開けてもらってよかったのかな?」

「ああ、見ての通り付き合い長いから」

「仲いいんだね」

「まあね、母親経由で俺も仲良くなっちゃったんだよ」

「そういえば、しっかり野菜見てたよね」


 少し照れくさいのもあり、歩は鼻の頭をかいた。


「母親がそこらへん詳しかったのよ。それで八百屋のおじさんと意気投合しちゃって、一緒に着いてた俺も二人の講義受けながら育ったからさ。最近は俺一人で買いに行くのも多いしね」

「へー」


 唯の相槌は、妙に気持ちがいい。


「みゆきが言った肉屋も似たような感じで常連になってて。みゆきも双方と仲いいんだよ」

「だから二人に分かれたのか」


 そこでみゆきが戻ってきた。相当量の物が詰め込まれた買い物かごを両手に持っている。脇にいるイレイネは、巨大な鍋を抱えていた。


「いいのあったよ。キヨモリもそれなりに食べられそうな位あるよ」

「あ、ありがと」

「じゃあ行くか」

「あ、私も持つよ」

「ほい」


 四つの籠の内、比較的軽そうなものを二つ渡した。唯はそれを軽く持ち上げた。


「結構なっちゃったね」

「まあね、大食漢の竜が二匹も、って。アーサーどうした?」


 そう言えば、アーサーの姿が見えない。ひどい話だが完全に忘れていた。


「覚えてる?」


 二人とも首を振った。イレイネも覚えがないらしい。


「あの馬鹿どこいったんだろ」

「忘れてた私達もそれなりのもんだけどね」

「それは仕方あるまい。我が気取られぬよう動いたからな」


 声の方を振り向くと、小さな手になにやら籠を下げたアーサーの姿があった。

 ふらふら、と飛んでくると、その荷物を歩の籠の上に乗せる。


「おい、どこ行ってたんだよ。それに中身なんだよ」

「秘密じゃ」

「はいちょっと見るねー」


 みゆきがさっと籠の蓋を広げた。

 そこにあったのは。


「酒?」

「うむ。とっておきがあったのでな」


 開き直って、アーサーがうそぶいた。


「また飲む気か」

「孤独な夜に酒はつきもの」

「どこが孤独なんだよ」

「我の崇高さは誰にも理解できぬ。故に、我は常に孤独なのだ」


 歩はため息をついた。


「そもそも支払いどうしたんだよ」

「母上殿にツケで。駄菓子屋のオヤジは物分かりがよくて素晴らしい」

「……買ったのあそこか」


 仕方がない。一度受け取ったものを返すのも悪かろう。

 気を取り直して、女性陣に言った。


「とりあえず、帰りますか」




「肉どの位の大きさがいい? 好みはある?」

「いえ、特にないよ」

「同じく」

「あい。歩、野菜をお願い」

「おう」


 まな板代わりの厚紙を退いて、果物ナイフが次々とより分けていく。地鶏の堅い肉質を、ちゃちな果物ナイフで切れるか心配だったが、みゆきはなんなく捌いていっている。包丁の事を失念していたのは失敗だったが、なんとかなりそうだ。イレイネが補佐をしながら、効率よくどんどん肉類を小分けしていっている。

 歩も手早く野菜を水にさらしていく。きのこ類は表の汚れだけをぱっと拭い、葉物を適当にちぎっては皿に盛り付けていった。


 買い出しから戻ると、みゆきと歩は適当に分担して下ごしらえを始めた。

 果物ナイフしかなかったのは失敗だったが、イレイネの補佐もありそれでもなんとかやっていけている。その間、アーサー、キヨモリ、唯の三者は手持ちぶたさみたいだった。キヨモリの寝息がBGMに聞こえ、アーサーは先程からずっと後ろを飛びまわっており、うざったいこと、この上ない。

 そして唯はというと、おろおろしていた。

 ちらっと見ると、自分にすることは何かないか、と挙動不審になっている。料理ができず、自分が役に立てていないのを、今になっても引きずっているようだ。

 丁度タイミングがあったのもあり、用づけることにした。


「唯、これ持ってって」

「あ、うん!」


 洗い場に置いていた、盛り付け終わっている皿を唯に渡す。元気よく受け取ると、ちゃぶ台の方にぱぱぱ、走っていき置いた。

 歩の受け持ちは終わったので、自分で持っていってもよかったのだが、唯の顔を見ると、頼んでよかったように思う。


「こちらも終わったよ、唯、お願い」


 戻ってきた唯に、みゆきも皿を渡した。肉が山盛りになったものと、切り分けた野菜の二つ。洗い場にはまだまだたくさん残っているが、ちゃぶ台に置いておいては邪魔になるから、後で取りにくればいい、という判断だろう。


「じゃあ、私、鍋の方に移るから」

「よろしく」


 まだ大量に残っている具材の内、痛みそうなものだけ冷蔵庫に移した。使った厚紙や包丁を水で丁寧に流し、壁に立てかけておく。


 ざっと後始末を終え、ちゃぶ台に戻った時、既に準備は完了していた。

 醤油と酢を混ぜて作ったポン酢の入った小皿と取り皿が並び、中央の鍋の中では、昆布で出汁を取ったのだろう、ほんのり色づいた液体がゆだっていた。既に、火の通りにくいものは投入されており、ぐつぐつと煮えているところだ。


「じゃあいただきますか」


 適当に座る。歩とその隣にアーサー、角度を変えてみゆきとその後ろにイレイネ、歩と対面になる位置に唯と、目をしぱしぱさせているキヨモリが座っている。


「ではいただきます」


 みゆきの掛け声で、一斉に箸が動いた。鍋に入れられた箸の数は四つ。イレイネとキヨモリを除いた数だ。

 さっと豚肉を取り、ポン酢に着け、口に含む。

 うん、うまい。


「美味しい! ほんと料理うまいね!」

「あんま手はかけてないけどね」


 イレイネにだし汁を注いだ器を渡しながら、みゆきが言った。

 唯が美味しそうに鍋に箸を突っ込んでいると、唸り声が聞こえてきた。

 キヨモリだ。


「ああ、ごめんごめん」


 唯は忘れていた、と笑いながら立ち上がると、冷蔵庫の方に走っていった。

 中から取り出したのは、巨大な肉の塊。帰って来てから、キヨモリの待機室に忍び込み、中から取ってきたらしい。歩が野菜を洗っている時にそれを持って戻ってきたのだが、その量を見た後、一日分といった唯の言葉に納得しながらも圧倒された。


 それをキヨモリの前にどん、と置いた。下はそのまま皿になっており、キヨモリはそこに口を突っ込んでむしゃむしゃと食べ始めた。


「キヨモリの分も鍋あるから、食べ終わったらあげるね。底の方は七割がたキヨモリのだから」


 巨大な鍋は、今なかに入れている分だけでも四人が満腹になる量がある。まだ大量に残った具材と考えれば、確かにキヨモリの取り分はそう少なくない。


「ごめんね、キヨモリが大食らいで」

「いえいえ」

「なればこそ我も思う存分食せるというわけよ。唯も早く食うがよい。その貧相な身体を多少はマシにするいい機会ではないか。まあ貧相な身体もそれはそれで滑稽なものだがな」


 アーサーの煽り文句に、唯は一瞬顔を赤らめた後、激しく反応した。


「ふん、食べるわよ! キヨモリ! あの馬鹿竜に食べられる前に、全部食べちゃいなさい!」

「いや、なくなるから」


 歩が突っ込みを入れる横で、アーサーがほくほく顔で白菜を口に入れた。至福そのものといった表情だ。器の隣には封を開けられたウィスキーの瓶があり、小さめのグラスまで用意されてある。


「これで飲み相手がいると最高なんだがなあ」

「何言ってんのよ、未成年」

「ここにはお前以外いないっつうの」

「ひ、ひどい……こうなったらみゆきお前も」

「残念、お一人でどうぞ」


 アーサーがしょぼん、と肩を下ろし、熱い地鶏を口にして目を白黒させている。それを見て、笑いが巻き起こった。


 それからは和気あいあいとした時間が過ぎていった。

 途中、アーサーがイレイネにも酒を飲ませ、輪郭がぶよぶよになってしまったり、鍋の入れ替えを待てないキヨモリが残っていた弁当を、本人はこそっと動いたつもりのようだが、実際には豪快に一気食いして唯に怒られたり、次から次へと笑いすぎて涙すら出てきた。


 歩には、竜殺しに感謝する気持ちすら起こりはじめた。

 それくらい、楽しかった。



10月24日 とりあえず今日はここまでで投稿終了させていただきます

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