3-3 不可解は続く
「大丈夫? 傷だらけだけど」
「まあ、大丈夫。慣れてるし」
「たるんでおるのだこいつは。唯も罵倒してやれ」
「何もしてないお前が言うな」
いつもの軽口だが、余りキレが良くない。
アーサーの悪口も歩のつっこみも、どこか散漫。
唯の心配そうな顔も、傷だらけな歩への気遣い以外にも向いているのは明らかだ。
放課後になって、歩達は昼休みの教室に集められた。
午後の模擬戦はいつも通りに過ごした。歩はアーサーに煽られつつパートナー達の攻撃を必死にかいくぐり、隙を見つけては棍棒による一撃を狙う。みゆきとイレイネは、主にイレイネが矢面に立ちつつ、要所を狙いみゆきも参戦する。唯とキヨモリは、別室で自習。
戦績が完膚なきまでの全敗だったこと以外は、なんら変わらない日常だった。
その場で軽く手当てを受けた後、教室に戻りホームルームを終えると、藤花が声をかけてきた。
内容は昼休みの時と同じ。空き教室に集まっておいてくれ、とのこと。ただ、少し遅れるとのことで、適当に時間をつぶしておいてくれ、と言われた。
仕方なく、適当に歓談している。
「歩、今日は特に注意散漫だったね」
みゆきが言った。
「ふん、大方、放課後のことに気を取られていたのであろう。先のことに気を取られ、目の前のことをおろそかにするなど、何たる愚行。我は悲しいわ」
「まあ仕方ないよね。私もキヨモリと何したか覚えてないし」
アーサーの罵倒も唯のフォローも、どこかおざなりに聞こえた。
大小はあるにしろ、皆これからのことを考えているのだ。
三十分ほどして、藤花と雨竜が現れた。
藤花は申し訳なさそうにしている一方、雨竜は何故かいらだっていた。
「ごめんね、遅れて」
「いえ」
昼休みと同様に、藤花が教卓、雨竜はドアの前に立った。
すぐに藤花がしゃべりだした。
「まず始めに、大変勝手なお願いになることを謝っておきます」
「前置きはいいから、本題を頼む」
こちらも苛立った様子のアーサーに急かされてか、藤花が一呼吸置いた後、言った。
「それでは単刀直入に。今晩から、学校で寝泊まりをしてください。今から二手に分かれて家に戻り、当面の生活道具を準備してすぐに学校の宿直室に。そこで、男女それぞれで一部屋ずつに分かれて夜を過ごしてもらいます。食事は学校側が準備しますし、宿直室にはシャワーが備え付けてあります。服に関しては、後で私が回収し、クリーニングに出します。それ以外に何か不都合な点がありましたら、言ってください。できるだけのことはします」
ある程度は予想ができていた。護衛するなら、対象を一カ所に集めた方がいいに決まっているからだ。各自の家に配置するというのも考えられるが、護衛役に教師と生徒を選ぶ位だ。そんな手間をかけるとは思えなかった。
だが、もやっとした不満は残る。
「護衛は生徒と教師。場所は学校の宿直室。本当に守る気あるんですかね」
「私も知りたい位です」
藤花の口調は申し訳なさ半分、呆れ半分といった感じだ。藤花自身、じくじたる思いをしているのは同じなのだろう。
雨竜が割り込むように言った。
「とりあえず、これからすぐに家に行こう。平と能美には中村先生が、水城には私が付いていく。身の回りのものを持ち出して、宿直室に集合で。陽が沈む前に済ませたい」
誰も反論はしなかった。
ただ、心の中にある種のもやを誰もが抱えていた。
宿直室は、教室のある棟の隣にそびえ立つ棟の一階にある。パートナーが休む大きめの棟の反対側に位置し、正式な入口はそちら側にあった。
歩は、適当に身の回りのものの回収を済ませ、母親である類に伝言を残してから再度学校に戻ってきた。幸か不幸か、類は今日から長期出張であり、出てくるのに面倒なことはおこらなかった。連絡先もわからないため伝言を残すことしかできなかった位だ。
「ここだ」
雨竜に先導されて連れて行かれた先は、一階の端。宿直室と書かれたプレートがかけられている部屋が三つある。
「一番端が私と水城、真ん中が平と能美の部屋だ。パートナーもそれぞれの部屋で頼む」
ドアを開けて中に入ると、部屋の中央にちゃぶ台があった。床は畳を敷き詰めてあり、入口の土間で靴を脱ぐようになっているようだ。
パートナーが泊まることも考えてか、それなりの広さがある。キヨモリでも、なんとか過ごせそうだ。
「ここにあるものは好きに使ってくれ。冷蔵庫は中身がないけど、後で適当に補充するから。シャワーはいつでも使えるから。冷蔵庫の隣にある棚には皿やらコンロやらあるから、それも自由に使え。ゴミはそこ」
雨竜が入口の土間の端を指した。鉄色のバケツのようなものがあった。
歩は靴を脱いで畳に上がり、荷物を下ろすと、見回してみた。右奥にシャワーと書かれた戸があり、手前にタオルが積まれて置いてあった。更に手前には水場がある。淡い青色のタイルが貼られた、廊下においてあるものと同じもののようだ。
部屋の反対側に目をやると、冷蔵庫が木の棚と寄り添うように置かれてあるのが見えた。それに皿とコンロが置かれているのだろう。隣に布団が積まれてあったが、遠目に見てもほこり臭そうに見えた。
――ここが、当分の寝床か。
案外、居住空間としては十分なように思えた。
「ふむ、これが飯か」
声の主はちゃぶ台の上にいた。
置かれたあったものの包みを外し、中を覗き込んでいる。
「ああ。それで頼む」
雨竜は土間から上がって来ない。そちらに目をやると、ちらっと壁時計に目をやっていた。
「私はまだやることがあるから、席外すけど、できるだけここから外に出ないでくれ。後で色々持ってくるから。頼む」
そう言うと、雨竜は出ていった。
残された歩はというと、とりあえずもう一人の同居人の所に近付いた。
アーサーが近付いてきた歩を見た後、言った。
「これを見よ」
包みを解かれた中身は弁当だった。ぱっと見、何もおかしくないように見える。
「これがどうした?」
「このような粗末なものを夕食にするのか?」
「粗末?」
注意深く見てみる。なるほど、米はべちゃべちゃして潰れているし、揚げ物はギトギトして容器の端に油が白く浮いている。匂いも生臭いとまではいかないが、余り食欲を湧かせてくれるものではなかった。
確かに粗末といえば粗末だ。だからといって、特別どうこう言うことには思えない。
歩はアーサーの不満を無視してアーサーに詰め寄った。
少し懸念があったからだ。
「アーサー、いいか?」
「なんだ」
「お前、キヨモリと一緒に住むようになるけど大丈夫か?」
このところキヨモリに対して拒絶反応は見せていないが、それでも気になった。
もし昼食の時も我慢をしてきたというのであれば、それがこれから一日中になるのだ。部屋は別とはいえ、壁を挟んで隣でもきついのではなかろうか。
アーサーはあっけらかんと答えた。
「何がだ? 我のなにが大丈夫でないというのか」
「いや、キヨモリとずっと一緒辛くないかなって」
「ふん、そんなことはない。お前の見間違いであろう」
「真面目に答えろ」
アーサーが歩の顔を見た。あきらめたように口を開いた。
「我が乗り越えるべきことだ」
「それはなんだ」
「言わぬ」
「なんで言わない」
「お前には関係ない」
突き放して来るような態度に腹が立ってきた。ここにいたってまだ言わないのか。
昔は何度も聞いたが、そのたびにはぐらかされて終わった。最近では、もうほとんど聞くことはなくなっていた。
だが、つい口に出してしまった。おそらく今までで最も真剣な雰囲気の中で。
「俺にも言えないのか」
アーサーの返答は、少し弱弱しくなった。
「……今は」
「俺のことが信頼できないか」
「そうではないが――今は」
歩は悲しくなった。
しばらく沈黙が二人を包む。
膠着状況を破ったのは、入口から聞こえてきた声だ。
「あ、もう来てたんだ」
「おう、早いな」
みゆきだった。後ろにはイレイネと唯の姿も見える。
「二人の家行くみたいだから、もうちょい時間かかるかなと思ってた」
「私の家こっから近いからね。歩く距離としては、みゆきの家との往復だけみたいなもんだったから」
唯が遠慮なくずかずかと上がってきた。
その後をみゆき、イレイネと続いてくる。キヨモリの姿はない。
「キヨモリはどうした?」
「隣の部屋で寝てるよ。あいつねぼすけだから」
唯は上がってくると、興味深そうにあたりを見回した後、クシャっとした笑顔を浮かべた。
「うん、あんま変わんないね。それでどうする?」
「適当に飯食ってシャワー浴びて寝るだけじゃない?」
そうか、と唯はまた笑った。笑いの意味がわからないが、少し困ったような顔が輝いて見える。
ここで、アーサーが口を挟んできた。
「我はこんなもの食えんぞ」
「ん? そんなに美味しくなさそうなの?」
唯がちゃぶ台の方に寄ってくると、アーサーの頭越しに弁当を見た。
「うーん、まあ美味しくなさそうではあるね」
「これが夕食などありえん」
ここのところアーサーの食べたご飯といえば、朝は類の作り置き、昼は特製肉まんだし、夜は類がいるのが続いた。舌が肥えているのはわかる。
アーサーはけわしく眉をよせて歩に言った。
「まさか、我にこのような飯を食わせるというのか?」
「かといっても、どうしろと? 外に出られない以上、これ食うか食わないかしか選択肢なくないか? いっそのこと外に出て適当に買いだしする?」
「それいいね」
返答はアーサーではなかった。
声の主は、唯。ニコニコとしつつ、言っていることは過激だ。
「買いだし行こうよ。みんなで動けば大丈夫だって!」
「そうだ。行くぞ! 美味しい飯が我を待っている!」
「お前らなんで息あってんだよ」
「美味しい飯の前では皆同胞となるのだ」
助けを求めようとみゆきを見る。
柔らかな微笑を浮かべており、止める気はないようだ。
「じゃあ行くぞ。今から行けばまだ店も空いている!」
「もう夜だけど、大丈夫?」
窓越しに外を見ると、もう真っ暗になっている。
アーサーが鼻高々に言った。
「大丈夫だ。ちょっとした伝手があるからな」
「本当?」
「本当」
「何故我を信用せん」
唯はみゆきに確認をとった。
歩も伝手があるのは知っている。むしろその伝手は、みゆきやアーサーよりも歩のほうが強い。
ただいまいち乗り切れない。
何故ここまで乗り気なのだろうか?
アーサーはまだわからんこともない、というか相方の横暴には慣れているが、唯の態度は奇異に写った。少し興奮したように頬が赤らんでおり、竜殺しのことなど忘れきっているようだ。
本当に外に出ていいのだろうか。
学校側の対応にはまるで危機感が感じられない。適当にその場を過ごしているようにしか思えないほど、甘さがある。
かといって、自分達まで適当に事を済ませていいか。
どう結論づけようと、燃えたぎるアーサーと唯は歩一人では止められそうにない。
「じゃあどうやって出る? 流石に表からは出られないんじゃないか?」
「そんなことは容易いことであろう」
アーサーはぱたぱたと飛んで、窓際に移った。
「いい夕闇だ。これならば、空を駆ければわかるまい」
「どうやって?」
「図体ばかりでかいやつがいるだろう」
「あっ」
唯の顔を見る。
きょとんとしていた。




