3-2 不可解な指示
「ごちそうさまでした」
唯とみゆきが食べ終えた。歩とアーサーは先に終えている。
時計を見ると、昼休みは後三十分ほど残っていた。次の時間は、久々の模擬戦のはずで、移動して着替えを済ませるのは十分ほどかかる。自由な時間は二十分かそこらだ。
「それにしても、みゆきも随分強いのね」
リラックスした様子の唯が尋ねた。この短い間で下の名前を呼び合うようになっている。
みゆきは照れ半分、困った半分の笑みを浮かべた。
「私ら以外の格付け模擬戦で優勝したんでしょ? 最低でもこの学年で三つの指にはいるってことじゃん。本当すごいよ」
「まあAクラス模擬戦で最強の類だったからな。おかしくはないが、それでもすごい」
「我も鼻が高いわ」
「そ、そういえば、唯は模擬戦の間何してるの?」
みゆきが強引に話題を変えた。本当にこの話題は嫌なのだろう。
ねむりこけるキヨモリの背をなでながら、唯は答える。
「キヨモリと一緒に自主練。キヨモリはいつも一人で過ごしているからね。まあ遊びに近いよ」
キヨモリは自分の部屋を与えられていると聞いたが、裏を返せば、唯が授業を受けている間ずっと孤独に待たされるということだ。
考えてみれば、随分辛い状況なのかもしれない。
「訓練ってなってるんだけど、相手もいないしね。たまに雨竜先生が相手してくれるんだけど、やっぱ人相手だと全力出せないから、いい練習にはならないのよね」
「随分豪気な話だ」
アーサーがいれた茶々に唯は真面目に返す。
「いや、雨竜先生が弱いっていうより、キヨモリの攻撃が当たらないのよ。なんだかんだで小回り利かないしね。かといって飛んだりとかすると、今度は先生が危ないし。さすがに全力でぶち当たると、もし怪我したら洒落にならないだろうしねえ」
「全部避けられるの?」
「うん、雨竜先生すごいよ。動きが全然違う。歩もすごかったけど、雨竜先生はそれに輪をかけてるよ。本当、当たる気がしないもん」
雨竜が戦っているところを見たことはないが、確かに雰囲気なんでもできそうな気はする。
今度手合わせ願ってみようかと思っていたところ、校内放送が鳴った。
「中村です。水城歩君、アーサー君、能美美雪さん、イレイネさん、平唯さん、キヨモリさん、南校舎一階にある一番端の空き教室に来てください。繰り返します。水城君……」
丁度、ここに揃っている面子全員が呼ばれた。
心当たりはなかったが、とりあえず向かうことにした。
食後の倦怠感が漂う廊下を通り過ぎ、一階へと降りていく。歩達が昼を取っていたのは同じ南校舎の三階で、そこが二年の空間だ。下って二階は一年、上って四階は三年。一階は様々な用途で使えるよう、意図的に開けてある。
一年の喧噪を背に、更に一階へと降りた。放送では端としか言っていなかったので右と左、どちらに行くか迷ったが、右側の端にこちらに手を振る雨竜の姿が見えた。おそらくそちらだ。
歩いていくと、すぐに中に入るよう促された。
ドアを開けると、教卓に藤花がいて、教卓の前に椅子が五つ置いてあった。
「どうぞ座ってください。キヨモリさんに合う椅子はないので、申し訳ないですが床にそのままでお願いします」
歩、アーサー、みゆき、イレイネ、唯、そしてその隣にキヨモリが座りこんだ。
雨竜も中に入ってきて、ぴしゃり、とドアを閉めた。雨竜はそのままドアに身体を預けて経っている。
視線を前に向けると、藤花が口を開いた。
「わざわざ昼休みに呼び出しをして申し訳ありません。お昼ごはんはもう済ませましたか?」
頷くと、藤花は続けた。
「今回呼び出しをしたのは、二人に護衛をつけることになったからです」
「……はい?」
おもわず、間の抜けた返事をしてしまった。
藤花は表情をひきしめたまま、続ける。
「はい。護衛です。歩君、アーサー君、唯さん、キヨモリさんには護衛を着けさせてもらいます。基本的には二十四時間、同行することになるので、どうかよろしくお願いします」
「二十四時間って、ご飯食べる時も、寝る時も?」
「基本的には」
「幼竜殺しか?」
低くて深いアーサーの声が響いた。
はっと気付いた。そんなことを言っていた。
「はい」
「被害者は?」
「ハンス=バーレさんです」
「たしか、この前の模擬戦で閲覧席に来ていたとかいう、貴族様でしたっけ?」
藤花の返答に、みゆきが返した。
みゆきは話を聞かされていただけのようだが、歩達は模擬戦前に直接会っている。
あの鼻もちならない、クソ貴族様の顔を思い出す。
正直、死んでも悔やむ気持ちは全くなかったが、それでも竜殺しにやられたとなると話は別だ。
雨竜が説明を始めた。
「やられたのは、先週の学期末模擬戦の直後だ。どうやら飛んで帰っているところを狙われたらしく、ここからそう離れていない。貴族様は空から降って潰れた蛙みたいな有様だったよ。ああなっては貴族も肩なしだったな」
「まるで見てきたみたいな言い草だな」
アーサーの問いに、雨竜は一瞬目を大きく膨らましたかと思うとすぐに戻し、答えた。
「まさか。聞いただけだ」
「竜はどうした? 連れ去られたか?」
アーサーの質問は続く。やはり、竜殺しに対して並々ならぬ関心があるようだ。
「痕跡は散乱した血液だけだ。爪のかけらもなかったらしく、全て回収されたと考えるのが妥当だ」
「それで、我らに護衛を?」
雨竜が頷いて返してくる。
「ならば仕方があるまい」
「助かる」
アーサーは不満そうにしながらも承諾した。ちらっと見た唯の顔も、不満そうではあったが、何も言わないところを見ると、仕方のないことと受け入れるつもりらしい。
ここで、みゆきがおそるおそるタイミングをはかって、という感じで言った。
「あの、質問いいですか?」
「どうぞ」
「何故私も呼ばれたのでしょうか?」
みゆきは竜には余り関係がない。強いていえば、歩と関係が深く、最近では唯とも交流があるといったところ位だ。といっても、歩と四六時中一緒にいるわけではないし、一緒に昼食をとるのも、唯とのことを除いたら稀だ。唯とはつい先程打ち解けたばかりだ。
それが何故ここにいるのか?
藤花が言いづらそうに眉尻を下げて、少し溜めてから言った。
「勿論、みゆきさんに護衛をつけるという話ではありません。かといって、この話と関係ないわけでもありません」
「なら、何故じゃ?」
「その護衛になってもらいたいんだ」
代わって答えた雨竜の回答は、思いがけない内容だった。馬鹿げているといってもいい。
言われた当人はというと、きょとんとしている。意味がわからないのだろう。それは、藤花と雨竜以外同じことだった。
アーサーが尋ねる。
「何を馬鹿なことを。みゆきはまだ学生だ。竜殺しと相対するかもしれぬ護衛などさせるわけにはいかない。それ以上に、学生に何さらせるつもりだ?」
後にいくに連れ、怒気をはらむようになっていた。
対する教師二人はというと、苦渋の表情、といった感じだ。
「実は、私達もよくわからないんです。ただ、校長から『上からの指示だ』と言われ伝えてるだけで、言われたこっちからしても面くらってる状態です」
「付け加えるなら、私達もおとなしくはいそうですかと受けたわけじゃない。さっきまで校長に怒鳴りつけてなんとか聞き出そうとしてたんだが、校長も知らされているわけじゃないらしく、何も出てこなかった。ほんとふざけてやがる」
「先生が校長を怒鳴りつけた?」
「ああ」
呆れた。ただの平教師が校長を怒鳴りつけるとは、雨竜達の教師人生は大丈夫なのだろうか。
それをよそに、話は続く。
「なので、私達もどういう理屈でそうなったかは知りません。ただの仲介役に過ぎないんです。大変申し訳ないのですが、ひとまず受け入れてください、としか言えません。幸いに、あなた達には親交があるようですから、なんとか引き受けていただけませんか?」
藤花の懇願には、学校と生徒の間に挟まれた苦悩がにじみ出ている。
これ以上攻めるのは気遅れしたのだろう、アーサーがため息をつきながら言った。
「みゆき、いいのか?」
「仕方がないでしょ」
「助かる。一応、仕事としての報酬があるから、それについても後で説明しよう」
雨竜の返答に、みゆきはなにやら複雑なものを浮かべた。
気を取り直して、アーサーは質問を続ける。
「みゆきの件はいいとして、まさか護衛がみゆき一人ということはあるまいな」
「後一人つく」
「一人か。大した護衛だな」
アーサーの口調はいつになく皮肉に満ちている。
「それで誰だ?」
「私だ」
「……お前か?」
「頼り無くてすまんな」
「どれだけ内々ですませようとしてるんだ? 本当に守る気はあるのか?」
驚きを通り越して、白けてしまった。
まるで話にならない。
だからといって、藤花や雨竜達教師陣が悪いわけでもなく、歩はただ呆れかえった。
それは皆同じようで、冷めた沈黙が流れる。
空気を変えたのは、アーサー。
一際大きなため息をついた後、言った。
「藤花、雨竜、それでこれからどうするのだ?」
「とりあえず、放課後まではいつも通りに。あなた達はできるだけ一緒に行動するようにお願いしてもいいですか? それからのことは、また放課後に」
「わかった。みゆき、唯、それでいいか?」
「はい」「……うん」
「では、教室に戻るぞ」
アーサーの呼びかけを合図に、ぞろぞろと外に出ていく。
外に出る時に見た藤花と雨竜の顔が、頭の中に妙に残った。




