その名は、ダディ(9)
時間は少し、遡る。
——ここに来るのも、久し振りだな。
記憶と変わらない部屋のレイアウトを確認し、ダディは髭をしごく。
「何か、お飲みに?」
「酒なら何でも——って、冗談だよ。そう睨まないでくれ」
爬虫獣人ならではの振り向かずに眼だけをこちらに向けて睨む、という行為をされると何故か尻がムズムズして、どうにも落ち着かない。ゴルグはティーカップを2組トレイに載せて、テーブルに置いた。
沈み込みが凄まじいソファに腰を掛け、マントを仕舞う。生き物な翼を畳むかのような見事な所作に、ゴルグは感嘆する。
「――そちらの方も、ご健勝で?」
ティーカップをダディの前に置きながら、尋ねる。
「見ての通りさ。相変わらず、煩くってしょうがねェ」
ダディはティーカップを持ち上げて――ニヤリと笑った。「話せるね、さすがゴルちゃん」
「紅茶にブランデー、というのは普通の事ですから」
とはいえ、恐らくその比率は2対8、という所だろう。勿論紅茶が2、だ。
ゴルグは相変わらずの涼しい顔で、自分も紅茶? を口にする。
「いつも安酒ばかりだからなぁ。コイツも不満が溜まってたんだよ。助かったぜ」
ホラ味わって飲めよ、とつぶやきつつ、ダディはその熱い液体を喉に流し込んだ。
「~~で?」
ティーカップをテーブルに置き、ダディは口を開く。「狙いは、アルマリック商会かい」
ゴルグは言葉は発しなかったが、視線が肯定を意味していた。
「何したの? あれくらいの規模だと、何でもやれちゃいそうだけどさ」
「人身売買です。……獣人、それも子供限定の」
「~~そっち、ね」
ダディは一瞬動きを止めると、何度も頷きながらテーブルを指で弾いた。
獣人は元々ダンジョン内に住んでいた、というその起こりから、ダンジョン外で暮らしている者であってもその殆どはこの国――実質的にはアリス・ヴァールのみ――の中で暮らしている。それは希少性、つまり物珍しさを誘い、他国から獣人を見るのを目的でやってくるような事態を招く事になった。国がそれを利用して観光客を呼び込む、そんな時代もあったという。すると当然、良からぬ事を考える輩も出てくる。……獣人を国外へ売りさばく。人身売買だ。かつて奴隷制度が残っていた頃は、決して少なく無い数の獣人が国外へ売られていったという。
現在奴隷制度は廃止されているが、その分獣人の希少性は上がってしまった、とも言える。獣人はその種族問わず、何かしらの能力が人間を上回っており、それを求める輩も後を絶たない、という事だ。今回は子供の獣人限定――という事は、間違い無く愛玩目的だろう。
「反吐が出るぜ」
「同意で御座います」
「~~それで、ローラに目を付けたってのか?」
ゴルグはファイルを取り出してそれをめくりながら、
「いきなり本丸を調べても、何も出ないでしょうからな。実際に動いているのは、下請けです。その中で最近最も目立つ動きをしている会社が、そうだったという事です」
「じゃあローラも――」
「売買リストに入っております。獣人の子供を大量に雇い入れて、難癖をつけて解雇する 」
「解雇した後なら、行方知れずになったとしても責任は無い、ってか」
「そういうロジックのようですな」
「ナルホドねぇ」
ダディはカップの残りを一気に流し込み、喉の熱さに顔をしかめる。「それにしてもドラゴンの肉10kgとは、言いがかりにしても乱暴だよな」
「その件ですが」
ゴルグはいつの間にかけていた老眼鏡の位置を直しつつ、「どうやら元受けからの指示の、インゴでもあるようです」
「インゴ? インゴって……やだな、ゴルちゃん。何だよいきなりそんなイヤらしい——」
「淫語、ではございません。隠語です」
ゴルグの両目がぐりんと回転し、ダディは慌てて手を振る。
「わーってますって、冗談だよ。ゴルちゃんがカタカナなんかで言うからさ……それじゃあれかい、<ドラゴンの肉>が子どもで——」
「<肉の量>がその数、ですかな」
ドラゴンの肉を10kg——つまり獣人の子どもを10人、用意しろという事か。
「ですが、今までこのような情報を掴んだ事は御座いません」
「……どういう事だよ?」
「ワザと情報がリークされた——つまり元受けが我々の捜査状況を掴み、その尻尾を切りにかかっている可能性があります。……あくまで可能性ですが、まず間違い無いでしょう」
ほんのひと時、無言の時間が訪れる。
「~~で? ギルドとしては?」
「これ以上泳がしても、本丸に辿り着ける可能性は低いでしょう。——ですが、放っておく訳にも参りません。10人の命がかかっていますから」
ゴルグはファイルをめくる。「尻尾切りの手伝いをする事になるのは、不本意ですがね」
「そこで俺の出番、か。ギルドが大っぴらに動いたら、<捜査してました>ってバラすようなもんだからな」
「ご明察です。ですが、もう一つ理由がございます」
「何だよ?」
「融合教、ですよ」
ダディの片眉が上がる。ゴルグはファイルから1枚の紙を取り出して、テーブルに置いた。人相書きだ。
「こいつが?」
「依頼人様の雇い主——今回のターゲット。融合教徒、それも地区の司祭です。名前は——」
「いいよ。聞いたってしょうがないし、聞きたくもねぇや」
「……左様で」
ダディは人相書きを手に取る。……ナルホド、余裕無さそうなツラしてやがる。
「〜〜で、今コイツは、ダンジョンに?」
「ええ。個人的には非常に腹立たしいのですが、融合教の特定階級にはダンジョン入りフリーパスの特権が与えられています。おそらくダンジョン内で、足りない子どもの調達をするつもりなのでしょう」
ダンジョンの中で暮らし続けている獣人の数は少なくない。そこにはギルドは勿論、国の管理も届いていないのが現状だった。
「できればダンジョン内で処理を、か」
「殺しの依頼ではありませんよ?」
「わーってるって。けど、勝手に死んじゃう可能性もあるからな」
自決、いう事だ。
「貴方ならば、その前に処理する事も可能でしょう」
ゴルグはファイルを閉じる。「失礼。貴方がた、と言うべきでしたか」
「まぁ、どっちでもいいよ」
ダディが人相書きの端を擦ると、それはじわりと光を放ちながら霧散した。
「宜しいので?」
「ああ、もう憶えた」
ダディは下手くそなウインクをくれてやると、立ち上がって腰を伸ばした。「〜~さて、じゃあ早速、行きますかね。約束したからな。夕方までには帰るって」




