その名は、ダディ(10)
ダンジョン入り口の詰所に書類を差し出すと若い係員は一瞬妙な顔をしたが、脇の棚から腕輪を取り出して少しいじると、書類と一緒にダディに渡した。
「この場で、装着してください」
ダンジョン内に潜っている冒険者の数を管理するための腕輪だ。冒険者がダンジョンに潜入する時には時間制限が設けられている。ダディと違って申請性で、数週間から数ヶ月単位。時間が来たら強制送還されるのは、この腕輪のお陰だ。もし死んだとしても、死体を地上に戻してくれる。
ダディが右の手首に腕輪を着けると係員は頷き、
「帰還するまで外せませんので。――それでは、ご武運を」
と、全く感情のこもっていない声で言った。
「ハイハイ。――って、ゴメン、コレ忘れてたわ」
ポケットから出したのは、白銀に光るコイン。それを見た係員の顔色が変わる。
「し、失礼しました! こちらからどうぞ」
通常ゲートの脇にある門が、カチャリと金属音をたてて開く。
「……行ってらっしゃい、ませ」
「ハイハイ、ご苦労サン」
ダディは手を振りつつ、門の向こう側へと歩いていく。しばらく呆然としていた係員はふと我に返ると、慌てて施錠のボタンを押した。ほっと息を付いた時、肩を叩かれて彼は飛び上がった。
「どうした? 人が少ない時間だからって、ぼーっとするなよ」
「先輩! 〜~驚かさないでくださいよ」
肩を叩いた中年の係員は笑う。ダンジョン入り口が最も混雑するのはやはり朝一で、午後から潜ろうとする者は多くない。気が抜ける時間であるのは、確かだった。
「何かあったのか?」
と入場記録見てああ、と頷く。「<つぶやきダディ>が来たのか。久しぶりだな」
「先輩、ご存知なんですか? てか、有名なんです?」
「そうか、お前さん、当たったの初めてか。 まぁ有名っちゃあ、有名だよ。……よく分からない、という意味でな」
「よく分からない?」
中年係員は頷き、
「奴は基本、ダンジョンへ入るのを禁止されてるんだ。けど何故禁止されているのか、誰も知らない。それでいて——見たか? 白銀のコインを」
「上が許可しないと持ち出せない、特級武具保管庫の鍵なんですよね? あれ。俺、初めて見ましたよ」
若い係員は興奮冷めやらぬ感じでまくし立てた。
「ま、それだけ実力と信用があるって事なんだろうが——」
中年係員はそこまで言って、2人は顔を見合わせた。「お前、そう見えたか?」
「いいえ、全く」
「……そうなんだよなぁ。ま、深く知らない方が良い事もある。そういう類だと思うぜ 、あれは」
「はぁ……そうですか」
若い係員は、ダディが姿を消した門の方を眺める。当然、その姿はもう見る事はできない。
「そら、お客さんがきたぞ」
その声に我に返ると、慌てて席へと戻った。
◇ ◇ ◇
ダディは鼻歌を歌い、指でコインを弾き上げながら薄暗い通路を進む。
『——ご機嫌だな』
頭の中からの声が、そんなダディをからかうように脳内に響く。
「そりゃあ、な。なんせ一カ月ぶりのダンジョンだ。ワクワクするって――アレ? これってまさか、お前のせいか?」
『馬鹿な事を』
頭の中の声は、笑ったようだった。『だが、我も少しばかり心が踊っているのは確かだ』
「ほら、お前のせいだよ。やっぱり、な。ダンジョンなんかに、ワクワクしてたまるものかよ」
しかしその口元には絶えず笑みが浮かんでいる事に、当人は気付いているのだろうか。
正面に現れた扉を開けると、小部屋になっている。壁面には番号が振られたプレートが貼り付けてあり、ダディは【78】と刻まれたプレートの前に立って、改めて白銀のコインを確認する。親指で弾くとそれは小気味良い金属音と共に、壁面に穿たれた縦長の隙間に吸い込まれる。それから数回、機械音がして――何も無いように見えた壁面に四角く線が浮かぶと、扉のように手前に開いた。ダディはそれを完全に開けて、中を確認する。
そこに置かれていたのは、一振りの剣。一見ではどこにでもある、何の変哲も無い物のように見える。極端に巨大なワケでもなく、荘厳な飾りがついているわけでもない。
『――ふむ。彼奴ら、ちゃんと手入れはしていたようだな』
「せいぜい、ホコリを払うくらいだろ」
『そういう細かい事が、大切なのだよ。何しろ我の一部なのだ。大切に扱ってもらわんとな』
まぁそうだな、と呟きつつ、ダディは剣を取り出し、腰に装備する。地味な鞘に収められた、どこにでもある両手剣。だが、
「……しゃくだが、やっぱシックリくるぜ」
『そうだろう。そうでないとな』
頭の中の弾む声に、ダディは顔をしかめる。
「お前なぁ、独り言にまで反応するなよ」
『仕方がなかろう。聞こえてしまうのだからな。いい加減慣れろ。こうなってもう、40年にもなるというのに』
ダディはため息をついて、それから少し顔を引き締める。部屋の隅にある扉を開けると、地下へ——ダンジョンへと続く階段が現れた。
「~~それじゃあ、お仕事開始だ。気合入れて行こうぜ、相棒」
『ああ、了解だ』
言葉と同時に、マントが揺れた。




