その名は、ダディ(11)
ダンジョンの三階層。そこは迷路のように細い洞窟が入り組んだフロアとなっている。その中の、殆ど人が立ち入らない場所に造られた部屋の中で、男は落ち着きなく爪を嚙みながら椅子に腰かけていた。時折壁の時計を睨みつけ、ため息と共にテーブル上の酒をあおる。空になった木製のコップに瓶から酒を注ごうとして、それも空になっている事に気付き、そのまま便を部屋の隅に放り投げた。
——今日中に、10人だって⁉ 畜生!
店で雇っている小僧、全員を捧げても足りない。残された手段はもう、ダンジョン内に住んでいる獣人の中から攫ってくる以外に考えられなかった。
——所詮獣人だ。構うこたぁねぇ。
元受けに、冒険者ギルドの捜査の手が伸びている。それを報告したのは自分だった。だがまさかその結果、自分が切られるような事態になるとは、想定外だった。
——少し、派手に動き過ぎたかもしれない。
とはいえ、次の査定で教団での評価を上げ、 大司祭の地位を得る為だ。後悔は無い。とにかく今は、10人だ。かなり無茶な要求だが、だからこそ、こなすことができれば先の道が確実に見えてくる筈。
再度、時計に目をやる。針の進みの遅さが、今は有難い。だがそれにしても——。
「遅いな、あいつら」
荒事受けを売りにしている冒険者を雇い、 狩りに出していた。自身が狩りを行うなど、無様な真似はできない。——そうだ。俺は、融合教の司祭なんだぞ。他人を自分の為に動かして、何が悪い。むしろ自分の為に動けることを、喜ぶべきなのだ。
そこからさらに数分間、部屋の中を意味無く歩き回った後で、男はようやく扉のノブに手をかけた。
——全く! この俺に足を運ばせるなんて、不敬な奴らだ。これだから、冒険者という奴らは好きになれん。報酬を値切ってやる——。
そこまで考えた瞬間、男は内側に向って飛んできた扉と一緒に吹き飛ばされた。椅子とテーブルを薙ぎ倒し、壁に当たって止まる。——全身の贅肉が無ければ、即死だった。
「~~な、何だ⁉」
視界を塞ぐ扉を押しのけると、土煙が舞う入口の所に立つ、人影が見えた。——襲撃? だが聞こえてきたのは緊張感を微塵も感じさせない、のんびりとした声。
「はい、見つけたぁ。人相書きの通りだね」
「だ、誰だ貴様!」
「悪に名乗る名前は無い、ってね。まぁ誰でもいいじゃない。あんたが悪事を働いてるのを知ってる男さ」
ダディは顔の周りの埃を払いつつ、中に踏み込む。
「悪事だと? 何の証拠があってそんな——」
「あれ? おっかしぃなぁ。この人達が、色々と喋ってくれたんだけど」
男の前に放り出されたのは、ボロ布のようになった男が2人。——雇った冒険者!
「ついでに、道案内もして貰っちゃったってワケさ。全く、こんな辺鄙な所に隠れ家なんか作りやがって。蟻んこじゃねェんだから」
ダディは肩をすくめて、髭をしごく。
「お、俺をどうする気だ」
「大丈夫、殺しゃしないよ。生きて捕まえるって依頼なモンでね。……痛い目を見るかどうかは、あんた次第さ。大人しく捕まってくれりゃあ、優しくしてやるよ」
男は唇を噛みつつ、目の前に立つ男——ダディを観察する。トボけた口調だが、相当の実力を持っているのは間違い無い。だが、油断しているのか、抜刀していない。腰の剣は、鞘に収まったままだ。
「~~馬鹿め」
男は右の掌に、魔力を集中させる。「捕まってたまるかよっ!」
魔力に質量を込めて射出した光弾は、ダディの胸の辺りに命中する。マントで防いだが、部屋の端まで数メートルも吹き飛ばされた。
——対魔法防御膜か? だが、連続で耐えれるものでもあるまい!
男は立ち上がり、両掌から光弾を連続で放った。それは次々とダディに命中し、体が壁にめり込んでいく——ように見えた。が、
「……やっぱりね。魔法使いだったか。まぁ、融合教の司祭だっつうから、そうだと思ったがね」
光が全て消えた時、ダディの体は無傷だった。マントにすら、一切傷が入っていない。
『我が言った通りだろう?』
「うっせぇな。俺だって分かってたよ」
頭の中の得意気な声に、釘を刺す。
「な、何だよ、お前……」
男が眼をむく。「何だよ、そのマント!」
同じサイズの鉄球以上の質量を持った、魔力の塊だ。それが10発近くも命中して無傷だというのはあり得ない。ダディが再度、近付いてくるのに合わせて、男はじりじりと下がっていく。そしてついに壁を背にして追い詰められた、と思ったその時、男がニヤリと笑った。
「~~あばよっ!」
次の瞬間壁が回転し、男の姿が消えた。
「何とっ⁉」
眼を丸くして、慌てて駆け寄る。壁にカムフラージュされた扉の向こうには、スロープ状の抜け道が下へと延びていた。
『そら見ろ。油断するからだ』
「大丈夫だよォ。直ぐに、追いつけるって」
『5階層より下まで繋がっていたら、終わりだぞ』
ダディの動きが止まる。行動範囲は、5階層まで。それより下に行こうとしたら、地上へ強制送還だ。
「~~だ、大丈夫、だと思う。多分、恐らく、何となく」
『……本当か?』
「うっせぇ! 行ってみりゃ分かるよ!」
言うなり、ダディは抜け道へと飛び込んだ。




