その名は、ダディ(7)
「……こういうものをお持ちなら、先に出して頂きたいですな」
「ご、ごめんなさい——」
言いかけたローラを、ゴルグは手を広げて制する。
「あなたでなく、こちらの大人の方に言っているのです。子どもと一緒に居る大人は、子どもの行動にはその責任を負うものです」
「はいはい、悪うござんしたね」
ダディは肩をすくめる。「——で? 何か、納得してもらえたカンジかな?」
「納得は、致しかねますがね」
ゴルグは眼鏡を少し触り、「——私のこの老眼鏡、実はギルド支給の魔道具なのです。ご存知でしたか?」
「ソイツが老眼鏡だって事も、今知った位さ」
「左様で。ところで冒険者ギルドという所は、思った以上に機密事項や秘匿案件の多い場所でしてね。その為の対策も、かなりしっかりしております。例えば——そう、〈特殊な眼鏡でしか視認できないインク〉とかね」
ダディの片眉が上がる。
「それってもしかして——」
ゴルグの頭が微かに縦に揺れた。
「私にしか見えないインクで、指示が書いてあります。――つまり最初から説明は私に丸投げする気だった、という事ですな」
その大きな口の端が、僅かに上がったように見えた。
「……アンタも、苦労してんな」
「御心遣い、痛み入ります。――さて、」
ゴルグは音も立てずにカウンターに数枚の紙とペンを置き、ローラの顔を見た。
「こちらに、依頼主の方のサインをお願い致します。3枚ありますから、全てに。字は、書けますか? ……ほう、読み書きできる? それは素晴らしい。では、ここに」
ゴルグはローラのサインを確認すると、どこからか取り出した大きな印判を勢いよく叩きつけた。澄んだ木の音が3回響き渡り、ローラの帽子が少し持ち上がる。
「——結構です。これで、ドゥカチ様が正式に依頼を受けた事が証明されました。ダンジョンへの潜入を認めます。但し、時間は合計48時間。範囲は5階層の町、ロンテガッロまでとなります。指定時間に達する、または指定範囲を逸脱して行動した場合、その瞬間に地上へ強制送還されます。……宜しいですか?」
「ハイハイ、テンプレ説明ごくろーサン」
「結構」
ゴルグは無表情に頷くと、用紙の内2枚を差し出した。「そちらの控えになります。依頼者のローラ様と、ドゥカチ様。それぞれ保管ください」
丁寧に畳むローラ、遊んでいるかのように手袋をはめた指に巻き付け、筒状にしてマントの内側に無造作に放り込むダディ。
「あのぅ……僕、まとめて持っていましょうか?」
その扱い様に不安を感じたローラがおずおずと申し出る。
「お気遣いどうもだが、大丈夫だよ。このマントの内側にはマジック・ポケットが仕込んであってな。無くす事は絶対に無いんでね」
「そ、そうなんですか。でも——ダンジョンで、魔獣にマントを破られたりはしないんですか?」
商会でも、同じ機能を持ったマジック・バッグを持ち歩いているお偉方を見た事がある。バッグの口に入るものであればほぼ無限に収納する事ができるが、少しでも傷が付くとその機能が失われ、収納していた物は永遠に取り出す事ができなくなってしまう、扱いが難しいモノだと聞いた事があった。
「心配御無用。このマントは、特別製なんだ」
「……確か、ドラゴンの翼膜を加工したのでしたか」
ゴルグの言葉に、2人は同時に振り向く。
「良く知ってんねぇ! ゴルちゃんやっぱり、俺の事が大好きなんじゃないの?」
「御冗談を」
ゴルグが無表情のまま老眼鏡を外す。「差し出がましい真似をして、申し訳ございません」
ドラゴンの、翼膜? ローラは思わず叫びそうになってしまった口を、慌てて手でおさえた。商品リストに載っているのは見た事があるが、実物を見るのは初めてだ。対物、対魔法防御に優れ、一体から獲れる量も少ないドラゴン素材の中でもトップクラスにレアな素材の筈。それを、こんな無造作に――?
好奇心に勝てずに、そっと手を伸ばしてマントの端に触れてみる。薄く、さらさらとした手触り。柔らかく、そして……。
ローラが反射的に手を引いたと同時に、ダディが振り返った。
「坊主お前、触れたのか」
その眼が少し見開かれて、口の端が上がる。「どうだい、まるで、生きてるみたいだったろ」
ローラは返事をするのも忘れて、マントに触れた指を見つめていた。
「~~さて! ここからは、オトナの時間だな」
ダディの声で、我に返る。「坊主の役目は、ここまでだ。ご苦労さん。ファビアの店に戻ってな。――一人で、戻れるだろ?」
「え? で、でも……」
「心配すんな。48時間もかけないよ。夕方までには何とかしてやる。大船に乗ったつもりで待ってろ」
本当――だろうか? 本当に、待っているだけでいいのだろうか?
「依頼主様を巻き込んでしまったのは誠に遺憾ではありますが――」
ゴルグは改めてローラの正面に立ち、きっちり45度に頭を下げた。「ここから先は、冒険者ギルドの機密事項に該当します。御容赦ください。御依頼の件については、ギルドが責任をもって対応させて頂きますので、どうぞご心配無く」
心なしか肩を落として歩いていくローラを見送る。やはり子ども一人というのは冒険者ギルドでは目立ち、ダディと一緒の時には無かった、あからさまな視線をくれる輩もちらほらと目についた。
「念の為、護衛を付けます。ご安心ください」
ダディはニヤリと笑い、そう言いつつカウンターから出てきたゴルグの肩を軽く叩いた。
「さっすがゴルちゃん、分かってるねぇ。以心伝心とは、この事だね!」
「恐れ入ります。——では、こちらへどうぞ」
ゴルグはあくまで無表情のまま、手を振った。




