縁を切ったのは英断だった
「ピピエ男爵令嬢が行方不明?」
自宅謹慎を終えて初の登校日、クラス内は妙にざわついていた。
一体どうしたのかとマグシットが訝しんでいたら、マナスが血相を変えて言った。
カロンナが行方不明だと。
それを聴いての上記の台詞である。
「いつからだ?」
疑問を剥き出しで口にしたら、四日前のことだとか。
記憶が確かならば、ウォーエズ子爵家を訪れた日だ。
つまり、ウォーエズ子爵令息が仮病を使ったため捕まらなかった後、消息がつかめなくなったと彼は判じた。
「なあ……マグシットのところには来なかったのか?」
マナスが探るように訊いてくる。
「来たみたいだけど、俺、腹をこわしてトイレにこもってたからわからないんだ」
「そうか……」
ベイデス男爵令息はそれだけ述べ、口をつぐむ。
何か気になることでもあるのか……と、引っかかりを覚えていたら、
「あ、マグシット。謹慎解けたんだね。何を話していたのかな?」
後ろからコヴァが話しかけてきた。やけに親しみを帯びて鼓膜を揺らすのは幻聴か。
「ああ、実は……」
先程の出来事を、マグシットは説明した。
「で、その話教官に話すの?」
オレント男爵令息の声音は固い。
「おいおいそれくらい許してやれよ」
ベイデス男爵令息が宥めにかかるさまに、ウォーエズ子爵令息は首をかしげたくなった。
「お前ら……ピピエ男爵令嬢と何かあったのか?」
マグシットはカロンナから特にしゃべられてないが、もしかして自分の耳に入っていないだけか?
本性が露呈した今、何があってもおかしくない。
転瞬、ベイデス男爵令息とオレント男爵令息は口を力なく開けた。もし同じ爵位なら“お前馬鹿だろ”と、ののしられるのは読める。
「マグシット……お前は知らなかっただろうけどな、あいつ、騎士科だけでなくあちこちでやらかしていたんだぞ。注意されたら、“アタシ平民だったからわからない”って言って」
「それに女子たちからも評判悪かったからね。カロンナ、授業が終わったらすぐマグシットのところに来てたよね? あれ片付けを他の女子に押しつけていたんだよ。何かあったらすーぐ、“マグシットに言いつけてやる”って言ってたし。同じ立場の僕らにも見下した態度だったしね」
マナスとコヴァの両眼は冷めきっていた。
息を呑みそうになるのを、マグシットはこらえる。
彼らの瞳で記憶が導かれる。
ここ最近、カロンナとの絆を壊す前、彼女と距離感を間違えた交遊の最中、自分たちに向けていた色だ。
「お前がホリーネア様に婚約解消書出したって聞いたときは、終ったなって思ったよ。カロンナの奴と婚約を結ぶのかって」
「もしそうなったら、ウォーエズ子爵家もピピエ男爵家も危なかったかもね。ゲネラベディ伯爵家を敵に回すわけだから」
二人の発言で、自分がいかに危ない橋を渡っていたか、さらに元婚約者がいかに寛大な処置をしてくれたか、悟るしかない。
自らの過ちを恥じるマグシットだが、懐疑が浮上した。
コヴァの発言から物騒な成分を抽出してみれば、下手をしたらマグシットもカロンナも家ごと危なかったわけだ。
ホリーネアが新しい婚約者を得たから、幸福を入手し、馬鹿の処理に労力を使うのが勿体ない、と結論づけたわけで。
自分も注意力が足りないやもしれないが、カロンナはそれに輪をかけて無軌道である。どこかで事件を引き起こすのは明らかだ。
閃いた。
宿舎を訪れた冒険者二人を。さらにきっかけとなった出来事を。
「マグシット?」
怪訝そうな顔で見るマナスに、
「ちょっと行ってくる」
答えるや、マグシットは教室の出入口に向かった。
「……なるほど」
マグシットの話を聞いた教官は、渋い顔をして頭に手を当てた。
「姿を実際に見たわけじゃないから、断言はできませんが」
ためらいがちに付け足すと、
「いや、少なくとも足取りは掴めたからな。まったく、あいつは何を考えているんだ」
うんざりした風情の教官を両眼に映し、ウォーエズ子爵令息は痛感する。
一歩間違えれば、自分もこのような認識を受けてしまったのだと。
冒険者二人の悪口を言った時点で、縁を切ったのは英断だったのだと。




