だってあそこまで上の男だぞ
合宿は中断したが、数日を経て練習は再開した。王都の学園で。
それは予想の内であり、カロンナ・ピピエ男爵令嬢と宿舎を抜け出した事件がバレ、教官から説教を食らうのも覚悟していた。
二人揃って、一週間の自宅謹慎を言いつけられる。
自宅の庭で素振りでもするか。いや、座学に精を出すか。
漠然と予定を立てるマグシット。平常の態度を保つ彼とは逆に、カロンナは身体全体で不平不満を表していた。
「あー、ホント腹立つ腹立つ腹立つ! それもこれもあの冒険者たちのせいだよ! あいつらが黙ってくれたらバレずに済んだのに!」
いっそ喉が裂ければいいのに、なんて物騒な願いを抱きつつ、黙々とマグシットは廊下を歩く。
二時間目の休み時間、他の教室からは話し声が聞こえてくる。だが、どれもこれもカロンナの音吐より小さい。
「ピピエ男爵令嬢、もう少し小さな声で話したらどうだ?」
“うるさいから黙れ”を婉曲的に伝えてみたが、
「だってぇ! 自宅謹慎はやりすぎだと思わない?」
彼女には通じなかった様子。
「その時間を有効に使えばいいだけの話だ」
内心の苛立ちは、如実に反映してしまった。
マグシットとカロンナのクラスは違う。隣なのが厄介だが、同じよりマシだ。
感謝しながら足を早めたら、反対側から誰かが急ピッチで接近してきた。
マナスだ。驚天動地と言わんばかりの面持ちでマグシットを捉え、小走りで突撃してきた。
「マグシット! 早く来い!」
「は? 一体どうしたんだ?」
マナスの勢いとは正反対に、マグシットは白けていた。
「いいから早く来い!」
男爵令息が子爵令息にぶつけていい台詞ではない上、返事も待たずマナスは駆け出す。訳がわからないまま、無視するわけにもいかず、マグシットはついていく。
教室に突入して、理由が判明した。
一組の男女が、揃ってマグシットに微笑みかける。
女子はウォーエズ子爵令息の元婚約者、ホリーネア・ゲネラベディ伯爵令嬢。
男子は初めて拝む顏だが、マグシットは点と点が結びついた気がした。
ダークブルーの短い髪に、アメジストをはめ込んだ如し紫の瞳。背はマグシットより高く、無駄な脂肪のないすっきりした体型をしている。
「初めまして、わたくしはへイルム。エスタリイ公爵家の三男だ」
案の定、男子の名前はゲネラベディ伯爵家の侍女から聞いた質であった。
「は、初めまして」
マグシットは唾を呑み込み、次の言葉を待つ。
「実は、ホリーネアが君に言いたいことがあるということでね」
「な、なんでしょうか?」
へイルムの顔つきが穏やかなだけに、逆に背筋に悪寒が走る。心臓が体内で暴れまわる。
かつての婚約者を前に、ホリーネアは一歩出た。
そして一言。
「わたしもあなたの幸せを祈っています」
それだけを告げると一礼した。
用を済ませた二人は、去っていく。下級貴族にはない気品と荘厳さを纏って。
辺りから嘆声が漏れるのも当たり前か……と、納得していたら、
「マグシット、お前どうしたんだ?」
コヴァが気づかぬうちに寄っていた。キツネにつままれるを地で行く顔だ。
「何がだ?」
「なんで元婚約者がすぐ他の男と婚約したのに、すがすがしい顔してるんだよ?」
表情筋は嘘はつけなかったようだ。
「ん? だってあそこまで上の男だぞ。むしろさっぱりしたぜ」
俺に悪口吹き込んだ奴にかっさらわれるより、よっぽどマシ。
言を発しない分別は持っていた。




