ただでさえ成り上がりの男爵家なんだから
翌日-ー
眠気を抱えたまま、廊下を歩いて朝礼に向かうマグシット。
あくびを噛み殺していたら、カロンナの姿が見えた。あちらも睡眠不足だろう、普段ならやかましいぐらい話しかけてくるのに、今日はそれがない。
庭に出て、列に並ぶ生徒たち。朝礼は退屈なのはいつものことだが、夢の国への小旅行を望むマグシットには、子守唄に感じられた。
「……そういえば、この近辺にも冒険者がやって来たそうだが、無用な騒動を起こさないよう、肝に銘じるように」
冒険者。
教官が放った名詞に、生徒たちはざわつき、ウォーエズ子爵令息は一気に覚醒した。
-ー間違いない。彼女たちのことだ。
昨日の出来事を思い返し、生唾を呑む。
童女の音吐に華奢な体型。前から、それも太陽の下で拝んでも、目の保養になる容姿だとマグシットは確信している。
なれど、教官に詳細を聞けない。
もどかしい思いを抱えているうちに、朝礼は終わった。
朝食の時間が来た。
自分をかばった少女を夢想しながら、好みの料理を運んで、適当な席を探す。
「……冒険者か……一体どんな奴なんだろうな……」
「まさか俺たちと戦うなんてことはないよなぁ」
聞こえてきたのは、マナスとコヴァの会話だ。自然と足はそちらを選び、食事をのせたトレイをテーブルに置いた。
「一体何を話していたんだ?」
マグシットが尋ねると、二人は沈黙する。
別に聞かれてもまずいことではなかろうに……と、内心首をかしげていたら、
「ぼ、冒険者とやらが俺たちのところに来たらどうしようかって話していたんだよ」
「そうだよ。ほら、世の中には強い者と戦うために、鍛練所やら何やらに押しかけてくる輩がいるって聞いたから」
ベイデス男爵令息がしゃべれば、オレント男爵令息も後を継ぐ。
強き者と戦うために押しかけてくる輩。
話には聞いたことがあるが、イマイチ実感が湧かない。
「……どうせ押しかけてくるのなら、可愛い女の子がいいな」
頭に浮かぶ、自分を助けてくれた後ろ姿。彼女のことで胸を躍らせていたら、マナスはハシバミ色の瞳を、コヴァは赤い瞳で互いを見つめた。
数秒の時を要し、吹き出す。
「お前……それは正直にも程があるだろ」
「まあ、夢見ないわけじゃないけどな」
マナスは笑いをこらえながら紡ぎ、コヴァはクールに告げる。
「-ーずいぶん楽しそうな話してるね」
三人で歓談していたら、湿り気のある響きに水を差された。
「おう、カロンナ。まあ座れよ」
マグシットの勧めに、カロンナは従った。意中の品々を置いた盆をテーブルに置き、椅子に腰かける。
耳障りな音を鳴らして。
おまけに、汁が飛んできた。
「おわっ! 汁飛んだぞ!?」
反射的に叫ぶウォーエズ子爵令息だが、ピピエ男爵令嬢は知らん顔。我関せずとばかりに、食事を始める。
眠りを欲する両眼は、血走っていた。
「-ーおい、誰か来たぞ」
そう叫んだのは何某か。窓の近くにいた生徒が言った。
王都から遠く離れたこの場所は、俗世の誘惑を断ち切るに相応しいが、娯楽が血液同然の年代には無味乾燥すぎる。だからカロンナの誘いにマグシットは乗ってしまったのだ。
それはさておき、前触れもない来訪者はウォーエズ子爵令息の心を惹き付けた。多大なる期待は膨れ上がり、マロウドの姿を視認できる地点に突進した。
こちらに向かってくるのは、二人の人物。
一人は三角形に見える妙な帽子を被り、黒の長袖と長ズボンを着用していた。上着の丈は足首まであるが、両脇に切れ目が入っているので、動きに支障はない模様。
もう一人は褐色の肌に銀髪をショートカットにした女性だ。黒づくめより背は低いが体にはメリハリがあり、胸も尻も豊かなクセに腰は適度に引き締まっている。
ローブを見に纏ってはいるが、シースルーのため赤のセパレーツ衣装が透けていた。
どちらも腰に鞄をつけている。
「うわー……あの子胸でかくね?」
「ケツもすげぇよな」
「あと顔も可愛いしな」
口々にしゃべる生徒たち。
「あの黒づくめ背ぇでかいよな」
「あれ男か?」
「いや、女だろ」
自分勝手な言動は、豊作のジャガイモみたいに連発される。
騎士の卵たちとは毛色の違う二人組。動きを停止させたのは教官であった。
何やら話をしているようだが、こちらには聞こえない。
「あーあ、誰か知らないけど勝手に入るから」
ぞんざいな口調に、主を確認すればカロンナ。
「カロンナ、それは言い過ぎだろ?」
軽い素振りでマグシットは述べてみせる。
「だってそうじゃん。それとも何、マグシットはあんな媚びた女が好みなの?」
「媚びた女って……そこまで言うか?」
幾分声音が尖ってきたピピエ男爵令嬢に、わずらわしさを押さえて言葉を押し出すウォーエズ子爵令息。
「-ーあれ、こっちに来るみたいだぞ」
マナスのつぶやきに、マグシットは外に視線を振り戻した。
ベイデス男爵令息の言動は真で、教官の後ろについて二人組は歩を進める。
「まさか……『力を貸してほしい』とか?」
コヴァは神妙な面差しで三人を観察していた。
「『力を貸してほしい』って……何それ? なんでそんなことやらなきゃいけないわけ!?」
カロンナはいきり立ち、オレント男爵令息に詰め寄る。
「まあ落ち着け。そうと決まったわけじゃないだろ」
威嚇する猿もかくやの形相を浮かべたピピエ男爵令嬢を、ウォーエズ子爵令息は諌めるものの、不快一歩手前の奇妙さを膚で読み取った。
寝不足で苛ついているだけで、ここまで尖るものか?
内心唸りながら、マグシットは歪む口元を必死で押さえ、自分の席に戻る。
カロンナの挙動につきまとう音が、鬱陶しくてたまらなかった。
食事を終えたら鍛練のはずであったが、少しばかり動きがあった。臨時の集会と相成ったので。
鍛練所に向かうと、教官と前の二人組が立っていた。
近く遠く問わず、陶然とした吐息が漏れ出る。
「全員そろったな。単刀直入に言おう。今回の特別訓練は今日で切り上げることになった」
教官の発言に、あちこちで同様の声が上がる。
「このお二人-ーリグ・ゴンシャン氏とエージア・ビリングス氏が教えてくれたんだが、この近辺にモンスターの出現が頻発しているそうでな、危険性を鑑みてだ」
「待ってください! そんなの俺たちで倒せばいいじゃないですか!!」
よほど自分の腕に自信があるのか、生徒の一人が抗議する。
「でも何匹いるかわからないし、あなたたち実践は初めてなんじゃない? 迂闊な判断は死を招くよ」
黒づくめが語りかけた音吐は、聞き覚えがあった。
間違いない、昨日の冒険者だ。
「それに……この辺にある廃寺で妙な噂があるから。あなたたちがそこに攻め行っても、餌を提供するだけになるかもしれないわ」
餌を提供するだけになる。
つまりモンスターに食われるということだ。
褐色肌の口調は淡々としていたが、だからこそ警告としての力に満ちていた。
こうして、夏の強化合宿は中断されたが、カロンナはどこか不服げだ。
「あの二人さぁ、本当に忠告しに来ただけかな? 玉の輿狙いって可能性ない?」
「何をどうしてそうなるんだよ?」
下種の勘繰りとしか形容できないカロンナの妄言に、マグシットはつい馬鹿にした口調をぶつけてしまった。
「だって冒険者って平民ってことじゃん。それから見たら貴族なんて全員格上でしょ? ちょっとアピールしてあわよくば、なんてこと考えるに決まっているよ」
平民。
単語にウォーエズ子爵令息は思い出した。
カロンナの父はもともと平民の農民だが、珍しい果物の栽培に成功し、男爵位を得たのを。
そして-ー
「お前だって似たようなもんだろ? 父親が爵位得る前は平民だったんだから」
つい、言葉にしていた。
次の瞬間、カロンナは目を見開いた。
「何……それ……」
「いや、だって事実だろ」
刹那、ウォーエズ子爵令息の頬に衝撃が走った。
ピピエ男爵令嬢が平手打ちを放ったのだ。
「ひどいよマグシット! アタシのこと見下していたの! 男爵令嬢だからって! そういう風に思ってたんだ! 最低!」
マグシットの頭に血が上る。
「ひどいのはそっちだろうが! いきなり人を叩きやがって! ホリーネアはそんなことしたことはないぞ!」
「何が『ホリーネアはそんなことしたことはないぞ!』よ! ふざけないで! アタシよりホリーネアさんの方がいいって言うの!」
「そうに決まっているだろ! ホリーネアは伯爵令嬢でお前は男爵令嬢だ! 比べるまでもないさ!」
「待ってよ! じゃああれ嘘だったの!?」
不意に、カロンナの語調がかすれる。
「『あれ』ってなんだよ?」
「ホリーネアさんに婚約解消の書類を突きつけたって言ったじゃない!」
「ああ、突きつけたさ。で、それがどうかしたのかよ?」
「アタシと一緒になるから婚約解消したんじゃないの!?」
「そんなわけないだろ! ホリーネアがうるさいから-ー」
そこまで紡いだマグシットは気づく。婚約者より、目の前で喚く男爵令嬢の方がうるさいと。
おまけに、まさかそんな馬鹿げた勘違いをするとは……
「ピピエ男爵令嬢、これからは節度を持った行動をしてくれ」
家名で呼んだ途端、カロンナは停止した。
「ただでさえ成り上がりの男爵家なんだから。品性のない行動はやめろ」




