◆第3話 【side 宮坂明宏】
梁取湧人の家は、ありふれたマンションの一室だった。
一人暮らしにはやや広いその部屋は、綺麗に整頓されている。
「湧人君の家が、豪邸でも、逆に四畳半でもないことに、安心しました」
「四畳半は心配かもしれないが、豪邸に住んでても良くないか?」
「湧人君がアイドルとして売れていない今、極貧生活をしてるのも心配だし、散財してるのも心配なんです」
「売れてなくて悪かったな!」
はっきり売れていないと言われた梁取湧人が怒鳴った。しかし怒鳴られても、それが事実だ。
「今は、ですよ。僕は湧人君が将来的には売れると信じてます……でも。僕のような不審人物を自宅に上がらせるのはどうかと思いますよ。売れてる売れてないに関わらず、おかしなファンは存在するので、もっと警戒した方が良いです」
家に上がっておいてそんなことを言う僕を見て、梁取湧人が肩をすくめた。
「不審人物だろうが何だろうが、今のお前は俺の協力者だ。誰にも会話を聞かれない場所で話したいことがたくさんあるから、家に連れてくるのが一番良いと思ったんだ」
「だとしても。よく知らない人に、軽率に自宅を教える行為は感心しませんよ?」
「じゃあよく知る人になってくれよ。俺にお前のことを教えてくれ」
そう言って、梁取湧人が僕のことを手で指し示した。
僕のこと……たいして語れることはない。
だけど、そうだ。僕がどのくらい彼のファンなのかは語っておいた方が良いかもしれない。ファンのフリをした怪しいやつではなく、僕は本物の梁取湧人ファンで、だからこそ彼に危害を加える心配はないと伝えよう。
「僕が湧人君を初めて見たのは、子ども番組でした。着ぐるみたちと一緒に踊ったり、図画工作をしたりしてましたよね」
「……よくそんな昔のことを覚えてるな」
「それにCMにも出てましたよね。CMで湧人君の食べてた甘口カレーは、僕も子どもの頃によく食べてました」
「よくもまあCMまで覚えてるな」
「僕と同い年の子が働いてるというのが衝撃的で。僕が呑気に遊んでるときに働いてるなんて大変だろうなと思ったら、いつの間にか湧人君のことを応援してました」
梁取湧人は昔を懐かしんでいるのか、虚空を眺めながら呟いた。
「あの頃が俺の全盛期だったからな。忙しかったが、チヤホヤされて楽しかった」
「全盛期だなんて。湧人君は……」
「事実だよ。あの頃はいくつも仕事があったが、成長するにつれて無くなっていった。音痴な歌は、子どもが歌うと可愛いが、大人が歌うと聴き苦しい。演技は出来るが、ズバ抜けてるわけじゃない。顔は良いと自負してるが、芸能界なんてどこを見ても顔の良いやつばっかりだ。成長した俺が埋もれるのなんて簡単だった」
ずっと見ていたから知っている。梁取湧人は成長したことで子ども番組のレギュラーから外れ、CMも無くなっていき、ドラマでも苗字しか無いような役しかもらえなくなり、そのうちに芸能界から居なくなった。
「いろんなオーディションを受けてたんだがな。どれもこれもダメだった」
梁取湧人が疲れたように溜息を吐いた。アイドルとしてステージに立つときの彼が決して見せない顔だ。
「そのうち事務所に居づらくなったんだ。無駄に芸歴が長いのに、仕事の無いタレントだったから」
「知ってます。今はフリーなんですよね?」
「そんなことまで調べてるのか。そう、フリーになった俺は、一発逆転を狙ってアイドルを目指してみた。音痴なせいで、前の事務所はアイドルをやらせてくれなかったからな。まあアイドルでも鳴かず飛ばずなんだが」
確かにあの音痴具合では、事務所はアイドルをやらせはしないだろう。
このアイドル戦国時代で、音痴なことは致命的すぎる。歌が上手いアイドル志望なんて掃いて捨てるほどいるのに、わざわざ音痴な人間にアイドルをやらせるために金と時間と労力を使う判断を、事務所がするはずがない。
「……こういうことを言うのは良くないのかもしれませんけど。湧人君がフリーになってくれたおかげで、アイドルをやってる湧人君が見れたので、僕は嬉しかったです」
「事務所にしがみついたところで、ロクな仕事は無かったからな。ドラマのエキストラの仕事を得るためだけに、事務所に固執するのもどうかと思ったんだ……ま、一番の理由はさっき言った通り、事務所の中で芸歴が長いのに仕事が無いのが気まずかったからなんだけどさ」
「湧人君レベルの人に仕事が無いなんて、芸能界は魔境すぎますね」
テレビ業界どころか湧人君はメンズ地下アイドルとしても頭角を現すことが出来ていない。
ただこっちに関しては、湧人君が一切の色恋営業をしないことが理由な気もする。今のメンズ地下アイドルは、色恋営業や過激なファンサービスが主流だから。
「湧人君はメン地下にありがちな、その、ファンと過激な接触をする行為をしないポリシー……みたいなものがあるんですか?」
僕のこの質問に、梁取湧人が自嘲気味に笑った。
「いくら仕事が無くても、俺にだってプライドはある。俺はファンに媚びることで、ファンから金を巻き上げたいわけじゃないんだ。ファンには、俺が輝くところを見せたいんだよ。キラキラ輝く姿を見せるのが、アイドルってもんだろ?」
「なるほど。プロ意識というやつですか」
「アイドルでも役者でも芸人でも、ファンに輝きを見せてこその芸能人だ。だから『梁取湧人』は汚い姿をファンには見せない」
そこまで言った梁取湧人は、綺麗なアイドルスマイルを見せた。
「本物の俺がいくら汚いことをしてたとしてもな」
美しい歯並びの口から紡ぎ出されるには相応しくない言葉を並べながら、梁取湧人が僕のことを見つめた。
「『梁取湧人』では綺麗な夢だけを見せて、悪いことをするときは『高取湧』でやるってことですね」




