◆第2話 【side 宮坂明宏】
「……ここまでが、僕が湧人君とそっくりな顔になった経緯、そしてこの公園にいた理由です」
「なるほど。出来心で俺と同じ顔にしたってことか」
「申し訳ございませんでした」
梁取湧人に捕まった僕は、再び公園のベンチへと連れ戻された。
公園の遊具の近くでは子どもたちがきゃいきゃいと遊んでいて、遊具の近くに設置されたベンチには親たちが座っているものの、遊具から離れた場所に設置されているこのベンチに近付く者はいない。下手に喫茶店に入るよりも、他人に聞かせたくない話をするのに適した場所と言えるだろう。
「俺の顔が好きで、事故を機に俺と同じ顔に整形をした、か。すごいことをする人がいたもんだな」
梁取湧人が呆れ顔でそう言った。呆れ顔をしていても彼はカッコイイ。しかしそのカッコよさは顔面だけのものではない。
「あの。僕は湧人君の顔が好きと言いますか……いえ、顔も好きなんですけど。でも僕は湧人君のタレント性に惚れてて、だから、つい」
「つい同じ顔にした、と」
「すみませんでした!」
再度深々と頭を下げる。今の僕に出来ることはこれしかないからだ。
「謝られてもな。これからお前が何か炎上するようなことをやらかしたら、それを俺がやったと言われるかもしれないんだぞ?」
そんなことになったら、彼の芸能人生は終わってしまう。彼は現在売れていない状態だけど、そんなことは関係ない。たとえばバイトテロを起こした一般人だって、ネットに顔を晒されて叩かれる。一般人ですらそうなのだから、人気が無いとはいえアイドルとして活動をしている梁取湧人にとっては大ダメージだろう。
「湧人君の名誉を傷付けるようなことは絶対にしません! 誓います!」
「炎上するようなことだけじゃない。握手を頼まれた際に人違いだと断ったとしても、俺が悪く言われる可能性がある。逆に俺だと偽って握手をしたら、ファンを騙すことになる」
「それは……難しいですね」
「弁当に半額シールが貼られるのを待ってるところを目撃されても、梁取湧人はケチでみっともない、ってうわさされるかもしれないんだぞ? それにその顔でエッチなものを買うなんて言語道断。梁取湧人はこんな趣味をしてるんだと面白おかしく書き込まれる」
「湧人君と同じ顔にしたことは、あまりにも軽率で考え無しでした。本当に申し訳ありませんでした」
僕が消え入りそうな声で何度目かの謝罪を口にすると、梁取湧人はふうと息を吐いた。
「分かればよろしい」
そして僕のことを、整った顔でじっと見つめた。
「ということで、ここからは俺のお願いのターンだ」
「お願い?」
梁取湧人から僕にお願いすることなんてあるだろうか。品行方正に生きろとかそういうものだろうか。
しかしこれは「お願い」の形を取った「脅迫」であることを、僕は次の言葉で悟った。
「お前は俺に多大なる迷惑を掛けてることを考慮して、俺のお願いを聞かなければならない」
「は、はい」
彼は「自分と同じ顔にした責任を取って、言うことを聞け」と述べているのだ。
僕が何を言われるのかとドキドキしていると、彼が勢いよく土下座をした。
「俺と一緒に双子アイドルとして活動をしてください!!!!!」
「ちょっ!? 顔を上げてください、湧人君!」
慌てて梁取湧人の肩を掴んで土下座をやめさせようとする。しかし彼はビクともしない。やたらと体幹が強い。さすがはアイドル……いや、アイドルは公園で土下座なんてしない。梁取湧人は特に。
「何をやってるんですか!? 湧人君は土下座をするようなキャラではないでしょう!?」
しかも僕相手の土下座。まったくもって意味が分からない。
「これは俺に舞い込んだ千載一遇のチャンスなんだ! 土下座でチャンスが手に入るなら、いくらでも土下座をする!」
「チャンス……?」
「そうだ! アイドルは星の数ほどいるが、双子アイドルなんてそうそういない。お前が俺と一緒に、双子アイドルとして活動をしてくれたら絶対に上手くいく!」
顔を上げた梁取湧人の目には、強い意志が宿っていた。
しかしどう考えてもこの展開はおかしい。
「自分で言うことではないですけど、勝手に他人と同じ顔にするような人間を信用しちゃダメですよ。そんな人、頭がおかしいに決まってます」
推しアイドルの顔を自分の顔だと主張して、その顔になるように整形をする人間はまともではない。
頭のネジが一本か二本か大量にか、とにかくネジが足りていない。
つまり僕は信用に足る人間ではない。
「俺は売れるためなら、死神に魂を売る覚悟がある!」
「死神だなんて、僕はそんな大した存在ではないです。良くも悪くもただのオタク……頭のおかしいただのオタクです」
この場合の死神は「良くないもの」の例えだろうけど、それでも「神」と付くものに例えられるのは畏れ多すぎる。
僕なんてただの、ライブハウスにいる大勢のうちの一人だ。ただのその他大勢だ。何の力も持っていない。
「お前が死神だろうと頭のおかしなオタクだろうとどうでもいい。大事なのは、俺と同じ顔をしてることだけだ!」
梁取湧人がまっすぐに僕のことを見た。彼の目に僕の顔が映る。梁取湧人そっくりの僕の顔が。
「お前、俺のファンなんだろ!? それなら俺を助けてくれ。このままだと俺は、人気が無さすぎて芸能界から消えちまうんだ!」
「湧人君が消える? アイドルを辞めるってこと?」
「!! そうだ、俺はもうすぐアイドルを辞める! だが、お前が双子アイドルとして活動をしてくれるなら、辞めることをやめる!」
梁取湧人のこの発言は、僕の反応を見てこう言えば僕が協力すると察して言ったこと……だとは思う。
しかしそんな気はするけど、確証は無い。
もしも本当に梁取湧人がこのままアイドルを辞めてしまったとしたら。
「……そんなの、耐えられない」
「大丈夫だ。お前が双子アイドルとして活動をしてくれるなら、俺はまた輝ける。芸能界で返り咲ける」
「それ、本当?」
「勝算はある。あとはお前の返事だけだ」
「……分かった。湧人君の提案に乗るよ」
気付くと僕は、推しアイドルと固い握手をしていた。
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