◆第1話 【side 宮坂明宏】
【side 宮坂 明宏】
僕は鏡に映った自身の顔を見ながら、後悔と歓喜とその他諸々の感情をない交ぜにしていた。
「ついに、やってしまった……」
出来心だった。相手の過失による事故で顔面がぐちゃぐちゃになった僕には、少しくらい良いことがあっても良いと思ってしまった。
だって顔面がぐちゃぐちゃになるほどの事故だ。当然、痛い。ものすごく痛い。
理不尽にこの痛さを与えられて、何も無しに置き上がるなんて耐えられない。治療費が相手持ちだとか、そんな問題ではない。気持ち的に納得できないのだ。
だから僕は…………自分の顔を好きなアイドルのものと偽って医師に伝え、整形手術を受けた。
面倒くさいからとマイナンバーカードを発行していなかった僕は、財布の中に自身の顔が分かるものを入れていなかった。なお僕は免許証もパスポートも持っていない。さらにフリーターだったため、学生証や社員証なんてものも持っていなかった。
「僕なのに、カッコイイ……」
僕は自身の顔面を触りながら、何度も鏡で顔を確かめた。
何を隠そう、僕は男でありながら、とあるメンズ地下アイドルを推している。ゆえにスマートフォンケースの中にアイドルと女友達とのツーショットチェキを入れていた。そのため病院側もチェキに写っているメンズ地下アイドルのことを僕だと思って疑わなかったらしい。
ちなみになぜ女友達にチェキを撮ってもらったのかと言うと、メンズ地下アイドルを男が推していると知ったら、アイドル本人に引かれると思ったからだ。
そのため僕はSNSで同じアイドルを推している女性と仲良くなり、その女性の付き添いを装って地下ライブハウスに出入りしていた。ゆえに僕自身がアイドルとツーショットチェキを撮ってもらうことはせず、代わりに彼女が撮ったチェキを貰っていたのだ。
ちなみに女友達はチェキの代金を僕に払ってもらえて、チェキを撮る名目で何度も推しアイドルに近づけるからwinwinだと言っていた。
そんなこんなで推しアイドルの顔に似せて整形をしてもらった僕は、鏡を見るたびに大好きな推しと会えることになったのだ。
「とはいえ、本人と見間違えるほどじゃないかな。そっくりさんレベル」
さすがにプロの整形技術でも、もともと違う顔だったものを、梁取湧人に変えることは難しかったらしい。まったく同じ顔になってしまったらトラブルが起こるだろうから、結果的にはこれで良かったのかもしれないけど。
「それに湧人君が有名じゃないのもラッキーだったかも」
もしもこれがキムタクやケンティーの顔だったら、こうはいかないだろう。整形手術をする前にすぐに嘘がバレてしまっていたはずだ。しかし梁取湧人は近年テレビに出演していないただのメンズ地下アイドルで、それゆえに病院側の誰も、僕の嘘に気付けなかったのだ。
「さて。もうすぐ退院できるはずだ。退院したら湧人君のライブに…………行けなくない?」
愚かな僕は今さらになって気付いた。
アイドル本人と同じ顔にしてしまったら、そのアイドルのライブ会場になんて行くことが出来ないということを。
「僕は馬鹿かーー!?!?」
後悔先に立たず。
変えた顔は元には戻せないし、そんな金も無い。
僕は大好きな推しの顔になった代わりに、推しとは会えない生活を送るしかなくなってしまったのだ。
しかしどんな状況でも推しを見たいと思うのがファンなわけで。
僕は帽子にマスクに伊達メガネで出来る限り顔面を隠して、地下ライブハウスにやって来た。
今日は女友達はナシで、一人で地下ライブハウスに来ている。顔が変わっているのに、前の僕を知る彼女と会えるわけがないからだ。
幸い女友達とはほぼSNS上での繋がりだけの関係で、実際に会うのはライブハウスでのみだったため、彼女には梁取湧人の担降りをしたと告げた。担降りをする人は珍しくもないため、彼女はすぐに信じてくれた。
狭い地下ライブハウス内で彼女を見つけたものの、声はかけなかった。顔が違うからバレはしないとは思うけど、万が一と言うこともある。接触しないに越したことはない。
ステージでは、すでにアイドルたちがパフォーマンスを始めていた。地下ライブハウスでは一組のアイドルが出演するわけではなく、数組のアイドルが代わる代わる出演する。一組だけではライブハウスを満員にする集客力が無いからだろう。
「みんな、今日は来てくれてありがとなー!」
「湧人くーーんっ!!」
少しして、お目当ての梁取湧人がステージに上がった。彼の登場とともに女友達の甲高い歓声が響く。
「全力で歌うから、俺の曲を楽しんでいってくれーー!!」
お決まりの挨拶とともに、梁取湧人の歌が始まった。
ファンには胸がふわふわする歌と呼ばれ、それ以外の人にはジャイアンリサイタルと呼ばれる、彼の歌が。
「あ~の~空に~~聴こえる~ように~~♪」
声質自体は悪くない。よく響く良い声だ。
それなのに、あまりにも音程が安定しない。曲を歌うたびにメロディーが変わる。どのメロディーが正解なのかはファンにも分からない。
梁取湧人が歌い始めると梁取湧人のファン以外はステージから離れるから、彼の姿がよく見えることだけは彼が音痴で良かった点かもしれない。
「歌い~続けるよ~~いつ~までも~~♪」
ダミ声でもないのにここまで不快な歌を歌えるのは、ある意味で才能かもしれない。ファンの僕でさえ、梁取湧人の歌は聴くに堪えないものだと思っている。
だけどそれもまた、彼の魅力だ。完全無欠の超人ではなく苦手なところのある普通の人間らしさが、親近感を覚えさせるのだ。
「こういうところもあるから、より応援したくなっちゃうのかも」
自信満々に音痴な歌を披露し続ける梁取湧人を眺めながら、そう思った。
ライブを満喫した僕は、ライブハウスからやや離れた場所に位置する公園で休んでいた。
夏にはまだ早いとはいえ、帽子にマスクをしているとかなり暑い。しかもライブハウスの熱気もあって、僕は汗をびっしょりとかいていた。
「もう夏はライブハウスに行けないかも」
真夏に帽子とマスクを装備してライブハウスに行くのは、今日以上に暑さが厳しいに違いない。それにライブ会場内で浮いてしまうだろう。
せめてライブハウスに入るまではマスクを外したいけど、梁取湧人と同じ顔をしているのにそれは難しい。帽子とメガネだけではファンに梁取湧人と間違われてしまうかもしれない。
梁取湧人と僕の顔は同一ではないものの、梁取湧人のライブ日時にライブハウス付近をうろついていたら、その情報も相まって僕と梁取湧人を勘違いするファンが出てきてもおかしくない。
そうなったら彼に迷惑が掛かってしまう。
「だから夏になる前の今のうちに、湧人君を堪能しておかないと」
実のところ、この公園もライブハウスからやや離れているとはいえ、完全に安全とは言い切れない。しかし暑さに耐えきれなかった僕は、マスクを外して涼を取っていた。
「…………は?」
まさか梁取湧人本人が公園に来るなんて夢にも思わずに。
どさりという何かが落ちる音を聞いた僕は、音のする方を見た。そして目が合った。梁取湧人と。
「しまった!」
僕はサッと立ち上がると、一目散にその場から走り去った。風を切り、脇目も振らず、ただただ走った。
しかしもともとインドア派で、さらに事故のせいで長期間入院をしていた僕に、それほどの体力があるわけもなく。
すぐに力尽きて走ることをやめた僕の肩に手が置かれた。
「話、聞かせてくれるよな?」
僕の肩に手を置いた人物は、梁取湧人だった。




