◇第27話 【side 梁取湧人】
「こんなのセリフが多すぎますって! 僕には無理ですよ!」
稽古が終わって家に帰ってからも台本とにらめっこをしていた宮坂が、俺の前で堂々と泣き言を述べた。
「……菖蒲沢演出が決めたことだ。死ぬ気で覚えろ」
「人間には出来ることと出来ないことがありますよ。さすがに初舞台でこれは無謀です!」
「セリフが多いとは言っても、主人公やヒロインほどじゃないだろ。いきなり主役を演じる新人もいるんだから、このくらいは平気なはずだ」
「新人が主役なんて無茶苦茶な」
「無茶苦茶なのがこの業界だ。中学生の新人が主役を演じた舞台もあったな。脇をベテランで固める感じで」
その舞台の配信を観たところ、拙い部分は多かったものの主役の中学生は舞台を最後までやりきっていた。SNSで得た情報によるとその中学生は子役として活動していたわけではなく、本当にその舞台が初めての活動だったらしい。
こういった人たちと戦わなければならないのが芸能界だ。年下だからと言って舐めてなんかいられない。いつ誰に抜かされてもおかしくないのだ。
そんな業界で生き残るためには、セリフが多いと泣き言を言っている暇はない。
むしろたくさんのセリフをもらったと喜ぶべきなのだ。
「その中学生、度胸と能力がありすぎますよ。ごく一部の天才ってやつですよ」
「それならお前もごく一部の天才になれば良いだろ……セリフのたくさんある役をもらって、実力の発揮できる環境なんだから」
セリフの多い藤堂雄一役を降ろされて、藤堂雄二役になった俺とは違って。
その言葉が口から出掛けたが、自分の方が宮坂よりも芸歴が長いというプライドが言葉を押し留めた。
「うーーっ……とにかく明日までに台本を読み込んで覚えないと」
「俺はもう寝るから。あとは一人で特訓してくれ」
俺は台本とにらめっこを続ける宮坂をリビングに残して、自室へと向かった。
* * *
「どうして宮坂なんだよ!? あいつは素人で、芸能界に興味なんか無くて、それなのに……!」
自室にこもった俺は、ベッドに自身の拳を叩きつけた。何度も何度も。
ベッドを殴ることでモヤモヤと渦巻く黒い感情が消えてくれれば良かったのだが、あいにく人間はそこまで単純には出来ていないようだった。黒いものは今もなお俺の身体にまとわりついている。
「芸能界で返り咲けると思ったのに、俺がもらったのは、舞台の最後に少しだけ出てくる犯人だ。二時間半の舞台で、出演時間は十五分程度」
他にも登場時間の短い役はあるが、そういった役は一人の役者が他の役と兼任している。たとえば双子の母親役は、宿泊客役を担当している木村さんが演じている。
しかし俺は藤堂雄二役のみだ。舞台全体を通して、俺の出演時間はたったの十五分。
「これが今の俺の実力ってことなのか!? 十五分程度しか登場しない役が!?」
確かにこの劇団のレベルは高い。最初の舞台として参加するにはハードルが高すぎたと若干反省している節もある。
そういったレベルの高い劇団の座長を務める目の肥えた菖蒲沢演出からすると、俺はその程度なのだろう。
でも、だとしても。
「……少なくとも、宮坂よりは実力があるはずなのに」
宮坂がいなかったら、十五分の出番でも納得をしていただろう。他の劇団員と比べると、俺はまだまだ実力が足りないから。
しかし菖蒲沢演出は、俺と宮坂を比べて、宮坂を出ずっぱりの役、俺を出演十五分の役に決めたのだ。
「なんで宮坂なんだよ。どうしてやる気の無いあいつが藤堂雄一役で、熱意のある俺が藤堂雄二役なんだよ……」
怒りとも悲しみとも情けなさとも言えない感情が、濁流のように押し寄せる。
濁流に飲み込まれた俺は、ぐちゃぐちゃの感情のまま泥のように眠った。
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