◇第28話 【side 梁取湧人】
一夜明け、俺は感情の濁流をかき分けながら稽古場へと向かった。
そして稽古が始まる前に菖蒲沢演出を捕まえ、直談判を試みることにした。
「話ってなあに、湧人チャン。昨日の今日で嫌な予感しかしないけどね」
「菖蒲沢演出! 俺を元の藤堂雄一役に戻してはもらえませんか!? やる気なら明人の百倍あります!」
俺の言葉を聞いた菖蒲沢演出は、これ見よがしに溜息を吐いた。
「はあ。やる気が空回ってるのが問題だってことに、まだ気付いてないの?」
「空回ってる、ですか……?」
「そう、湧人チャンは空回ってるの。藤堂雄一は空回るような役じゃないのにね」
菖蒲沢演出は俺の肩に手を置くと、諭すように言葉を掛けた。
「やる気があるのは良いことよ。だけどやる気が結果に繋がるかと言うと、それはまた別の話。やる気があるだけで評価されるなら、こんなに簡単なことはないわ」
菖蒲沢演出の言葉を聞いてハッとした。
やる気があるのに結果を出せずに消えていく人たちを、俺はさんざん見てきたじゃないか。
それに俺自身のこれまでもそうだった。やる気だけでは仕事は入ってこないのだ。
「やる気だけじゃ評価されない……当然のことですね。何をやってるんでしょう、俺は。こんな当然のことを菖蒲沢演出に言わせるなんて」
「当然のことにも気付かないくらい、今の湧人チャンは焦って空回ってる状態なの。一度冷静になって自分を見つめ直してみて。今無理をして藤堂雄一役をやるよりも、ゆっくり考えた方が、今後の湧人チャンにとって有益なはずよ」
「分かりました……ありがとうございます、菖蒲沢演出」
自分が今どのくらい冷静になれているのかは分からないが、菖蒲沢演出にやる気をアピールしても何にもならないことは理解できた。
いつもの俺ならそんなことは考えずとも分かるはずなのに。菖蒲沢演出の言う通り、俺は焦って空回っていたのだろう。
「ただし」
項垂れながらこの場を去ろうとする俺に、菖蒲沢演出が声を掛けた。
歩き出そうとしていた足を止め、菖蒲沢演出の顔を見る。
「落ち込み過ぎないようにね。湧人チャンの役が変わったのは、アナタの役が『藤堂雄一』だったから。別の舞台、別の役だったら、こうはならなかったかもしれないわ。これは『湧人チャンの演技』と『藤堂雄一というキャラクター』そして『舞台全体から見た役の振る舞い』のミスマッチなんだから」
「ミスマッチ……」
「そう。どんなキャラクターにでもなれるカメレオン俳優なら何にでも対応できるだろうけど、アタシの経験上そんな人は一握り。大抵は得意不得意があるの。これはそういう話だと思ってちょうだい」
これは俺のことを不憫に思った菖蒲沢演出の優しさなのだろうか。それとも心からそう思っての発言だろうか。
感情を乱して空回っている今の俺には、どちらなのか判別がつかない。
「湧人チャン。自分が空回ってないか俯瞰で観測できる、冷静な自分を心の中に持ちなさい。それだけで湧人チャンはもっともっと伸びるはずよ」
「ありがとうございます」
「最後にこれだけは言わせてちょうだい。『藤堂雄二』は出番こそ少ないけど、積み上げてきたすべてを壊す可能性のある役なの。言わば爆弾なのよ。端役だなんて思わないで、そのことを心に留めておいてほしいわ」
「……はい」
俺は菖蒲沢演出に深々とお辞儀をすると、稽古場へと戻った。




