◆第24話 【side 宮坂明宏】
ついに舞台の稽古が始まり、僕は覚えることが多すぎてメモを取る手が止まらなかった。
僕の出演シーン自体は最後だけだけど、僕はすべての稽古を見学し、様々な情報を吸収していった。
舞台には舞台独自の用語が多く、知らない用語が出てくるたびにネットで検索をしている。
最初は近くにいたスタッフに聞いていたのだけど、あまりにも知らない単語が多いため、途中から質問をすることが申し訳なくなって自分でネット検索をするようになったのだ。
僕と同じように舞台用語をネットで検索する人は多いのか、きちんと単語がヒットする。そして検索によって見つけたサイトに書かれていた他の用語も、芋づる式に知ることとなった。これらもいつでも見られるようにメモ帳に書き写していった。
僕は本気で芸能界でどうこうなろうと考えているわけではない。しかし僕が専門用語を知らないことで、真剣に稽古をしている他の役者たちの足を引っ張ることは良くないと思ったのだ。
僕が顔を曇らせたいのは梁取湧人だけで、他の人たちを嫌な気分にさせることは本意ではない。
そのため今の僕は真面目に舞台の勉強をしているのだ。
僕が専門用語吸収マシーンと化している一方で、梁取湧人は順調に他の劇団員に混ざって稽古を進めていた。
劇団員の中に演技の下手な役者はおらず、梁取湧人も彼らに必死に食らいついている。
つくづく自分の役が、最後の推理時に出てくるだけの簡単なもので良かったと思う。
菖蒲沢演出も、僕が素人だから出番の少ない双子の弟役にしてくれたのだろう。素人がこの稽古について行くのは過酷だから。
そして稽古が始まってから驚いたことがある。
ハードな稽古を終えた劇団員たちが、稽古終わりに飲みに行くことだ。体力お化けすぎる。それにフットワークも軽くて、誰も彼もチャラい。
なんだか陽の者たちの巣の中に放り込まれたようで、僕はそれがいつも落ち着かない。
休憩時間になったため、僕は喫煙室へ向かった。とはいえ僕はほとんどの時間が休憩時間のようなものだけど。
「明人君、おつかれさまー」
僕が一人で煙草を吸っていると、ヒロイン役の水川さんが喫煙室に入ってきた。
清楚系の人だと思っていたため、少し驚く。
「お疲れ様です。水川さんって、喫煙者だったんですね」
「そういえば私、最近喫煙室で煙草吸ってなかったかも。裏口出たところでも吸えるから、そっち使ってたー」
「だからこれまで会わなかったんですね」
「って言うか、明人君。今、露骨に驚いてたよね? もしかして私と一緒に喫煙室には居たくない感じ?」
僕の反応を悪く受け取ってしまったらしい水川さんに、慌てて弁明をする。
「いえいえ、そうではなくて。てっきり水川さんは煙草を吸わない人だと思ってたので。意外過ぎて驚いたんです」
「私、喫煙者に見えない?」
「はい、全然」
「ふーーーん?」
水川さんは僕の顔を覗き込むように眺めてから、にこりと微笑んだ。
「明人君って、彼女いないでしょ」
「えっ!?」
「女慣れしてない感じがするもん。パッと見の印象を真に受けちゃうのがその証拠」
そう言って水川さんが僕に息を吹きかける。
僕の前髪がふわりと舞った。
「当たりでしょ? こんなに綺麗な顔をしてるのに、もったいないなー」
「確かにしばらく彼女はいませんけど……」
「やっぱり! 私ってこういう勘が当たるんだよねー」
水川さんは嬉しそうにしながら、煙草とライターを取り出した。
「最近は電子タバコが流行ってるけど、私はこっちが好きなんだー」
「僕もです。湧人君には禁煙しろって言われてるんですけど、なかなか」
「私も一回禁煙しようとして失敗してるー。この美味しさを知っちゃうと、無理だよね」
そう言って水川さんが煙草に火を付けた。
「あー、生き返る。これでこの後の稽古も頑張れるってもんよ」
目を瞑りながら煙草を堪能する水川さんに、僕はおずおずと尋ねる。
「…………あの」
「なあに。私に聞きたいことでもあるの?」
「あの。僕、そんなにモテない感じが出てますか?」
僕の言葉を聞いた水川さんは一度きょとんとした後、大声で笑い始めた。
「あっははは。さっきのを気にしてるの!? 明人君、可愛いー!」
「き、気にしてるってわけではないですけど……」
「大丈夫。さっきのは明人君がモテなさそうって意味じゃないから。そうじゃなくて、明人君は人を寄せ付けない雰囲気を醸し出してるって言うのかな? 物腰は柔らかいんだけど、どこか壁を感じるんだよねー」
「壁、ですか」
「うん。ある程度のところまでは親しくなれるんだけど一定のラインから先には進ませてくれない、みたいな? 女慣れしてる男って、そういう壁の無い人が多いからさー。だから壁を作る明人君は女慣れしてないんじゃないかなって思ったの。まだ付き合いが浅いからそう感じるだけかもしれないけどね」
水川さんの言葉は当たっている。僕は他人に対して、あえて壁を作っているつもりだ。
なぜなら一定のラインから先に進まれては、僕が梁取湧人の双子ではないことや、さらにその先の僕の素性にまで到達されてしまう恐れがあるから。梁取明人としての人付き合いは、外側を撫でる程度にとどめておくのが正解だ。
「ん-、最初は双子だから見分けがつかなくて大変かもって思ってたんだけど、案外似てないよね。湧人君と明人君って」
「そうですか?」
「うん。顔とか背格好はそっくりだけど、醸し出す空気感が全然違う。むしろ二人のことは、顔じゃなくて空気感で見分けてる感じかなー」
空気感、か。
確かに自分が梁取湧人と似ているとは思わない。彼とは意見が合わないことが大半だ。別の家庭で育った他人だから当然なのかもしれないけど。
「ちなみに湧人君はどんな空気感ですか?」
「なんか切羽詰まってる感じ、かな」
「切羽詰まってる、ですか?」
水川さんから予想外の言葉が返ってきて、目を瞬かせる。
僕としては、梁取湧人から切羽詰まっている感じは受けていなかったから。
「必死って言うか、ハングリー精神があるって言うか。その気持ちがプラスに働けばいいんだけど、ちょっと危なっかしいねー」
水川さんは僕よりも年上で、役者経験も長い。それゆえに感じている空気感なのだろうか。
僕が考え込んでいると、水川さんがまたケラケラと笑った。
「なーんて。ぜんぶ私の感覚だから、適当に流して。実際は全然違うかもだしー」
「いえ、かなり当たってると思います。切羽詰まってると言うのは僕にはよく分かりませんけど、湧人君のハングリー精神はすごいですから。それに僕が壁を作りがちなのもそうですし」
「やっぱり明人君って壁を作っちゃうタイプなんだ。私、その壁を乗り越えたいなー」
「へっ?」
「明人君、彼女を作るつもりはある?」
水川さんがまた僕の顔を覗き込んできた。
年上の女性はみんなこうなのだろうか。年下の男をからかうのが好きと言うか、何と言うか。
「ええと、まあ、ご縁があれば?」
「じゃあ、たとえば私が……」
「明人!!」
水川さんの声を遮って、勢いよく喫煙室のドアが開けられた。
「うわっ!? 湧人君、どうしたんですか!?」
「菖蒲沢演出がお前を探してるんだ。一緒に来てくれ」
「分かりました。では先に行きますね、水川さん」
「残念。いってらー」
梁取湧人に連れられて喫煙室を出て行く僕を、水川さんが片手を振りつつ見送った。




