◆第23話 【side 宮坂明宏】
舞台『吹雪のペンション殺人事件』の役者顔合わせの日はすぐにやって来た。
梁取湧人と二人で劇場の稽古場へと向かう。
「俺たち以外は劇団員なんだってさ、舞台に出るの」
「双子以外はすでに準備が出来ていて、双子さえ見つかれば成立する状態だったんですかね」
「かもな」
僕たちが劇団の稽古場へ行くと、役者たちがずらっと並んで座っていた。そこに僕たちも加わる。
しばらく待っていると、菖蒲沢演出が大量の台本を持ってやって来た。
そして一人ずつ役名と役者の名前を呼ぶ。
「主人公の神楽坂和樹役はァ~~、笹山智治!」
「はい!」
名前を呼ばれた劇団員が菖蒲沢演出の前へ進み、台本を受け取る。
恒例のことなのか、台本渡しはスムーズに進んでいく。
「次にヒロインの桜井奈々子役はァ~~、水川野々花」
「はい!」
「宿泊客の田沼役はァ~~、田沼剛!」
主人公でもヒロインでも犯人でもない宿泊客は、小説とは名前が変わっているようだ。
間違えにくいように、演じる役者の苗字と同じにしているらしい。
「双子の兄、藤堂雄一役はァ~~、梁取湧人!」
「はい!」
ついに名前を呼ばれた梁取湧人が、台本を受け取った。
そのあとすぐに僕の名前も呼ばれる。
「双子の弟、藤堂雄二役はァ~~、梁取明人!」
どうやら僕は、最後のシーンにだけ出演する双子の弟役のようだ。
売れたい役者は嫌がるのかもしれないが、出演シーンが少ないのは、舞台が初めての僕にとってはありがたい。
* * *
「舞台の成功を祈って、カンパーイ!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
現在僕たちは、安い大衆居酒屋で開かれた、決起集会と言う名の飲み会に参加をしている。
飲み会に出席しているメンバーは、舞台に出演する役者とスタッフ全員だ。この状態で飲み会を断れるわけもなく、僕も渋々参加する運びとなった。
なお僕は渋々参加をしたものの、梁取湧人はそうではないらしい。ニコニコ笑顔で菖蒲沢演出の近くの席をキープしている。どうやら菖蒲沢演出に自分を売り込もうとしているらしい。梁取湧人は芸歴が長いだけあって、こういった場での上手い立ち振る舞いを心得ているのかもしれない。
……いや、どうだろう。梁取湧人が引っ張りだこだったのは子役の頃だけで、飲み会に参加するようになってからは大した活動をしていなかった。当然、こういった飲み会に出る機会も少なかったはずだ。張り切りすぎて粗相をしなければいいけど。
「分からないことがあったら何でも聞いてね」
僕が梁取湧人に気を取られていると、右隣に座っていた中年の女性が話しかけてきた。
「ええと、あなたは……」
「あたしは宿泊客の木村役兼双子の母親役の、木村よ」
そう言って、木村さんは朗らかに笑った。
母親役の似合う、優しそうな女性だ。
それにしても、木村役兼双子の母親役、か。双子の母親は、舞台のラストに双子が母の思い出を語るシーンにしか出てこないからこのような扱いになったのだろう。
「さっきも思いましたけど、一人二役なんですね。一つの舞台で二人も演じるなんてすごいですね」
「あたしがすごいんじゃないわ。いわゆる経費節減よ。双子の母親は少ししか出てこないからね。これ、うちの劇団ではよくやるの」
「経費削減が理由だったとしても、一つの舞台で役を切り替えるなんてすごいですよ」
僕が木村さんを褒めると、木村さんは持っていたジョッキをぐいーっと傾けた。面白いくらいにビールのかさが減っていく。
そしてジョッキを空にした木村さんが、ドンとジョッキをテーブルに置いた。
「イケメンに褒められると、おばさん舞い上がっちゃうわよー!? 店員さん、もう一杯お願いしまーす!」
……あれ。なんだか第一印象の『優しそうなお母さん』とはかけ離れた豪快な飲みっぷりだ。今の木村さんにはとても『お母さん』という印象は抱けない。
「木村さんは酒豪なんだ」
僕が呆気にとられていると、逆隣に座っていた男性が僕の耳元で囁いた。
この人物のことは覚えている。僕が今日覚えた数少ない劇団員のうちの一人だ。
「主役の神楽坂さん」
「神楽坂は役名な。俺は笹山智治だ」
「すみません。間違えました」
僕が覚えていたのは役名の方だったようだ。
宿泊客役は役者の苗字と役名を合わせているけど、主役とヒロイン、それに犯人役の僕たちだけは、役名と実際の苗字が違ったのだった。
「一気に全員の名前を覚えるのは難しいよな。一緒に稽古をしてれば徐々に覚えていくだろうから気にするな」
僕が名前を間違えても笹山さんは気にした様子も無く、楽しそうに笑っている。
そして僕にビールのなみなみ入ったジョッキを持たせると、自身のジョッキを合わせてカキンと音を鳴らした。
「あらためて、一緒に戦う仲間に乾杯。ってことで、飲めー!」
「ええっ!?」
飲めと言った笹山さんは、僕に飲ませるのではなく自身の喉にビールを流し込み始めた。これまた面白いようにビールが笹山さんの体内へと消えていく。
その様子を見た木村さんが手を叩いてはしゃいでいる。
「笹山君もあたしに負けず劣らずの酒豪なの。よっ、イイ飲みっぷり!」
「一気飲みなんてして大丈夫なんですか? 急性アルコール中毒とか」
「大丈夫に決まってるだろ。役者は飲む機会が多いからな。飲みニケーションってやつで酒に強くなったんだ。ほら、明人君も飲みニケーションしようぜ。ビールを頼んでるってことは、下戸なわけじゃないんだろ?」
「ま、まあ。酒豪でもありませんけど」
「平気平気。すぐに酒豪になれるわよ。笹山君とあたしと一緒に飲んでいればね!」
木村さんが、何が平気なのかまったく分からない励ましをくれた。
「今日は初回なのでお手柔らかに……」
ふと周囲を見ると、僕たち三人の周りには不自然な空間があいていた。そしてみんなが遠巻きに僕のことを憐れむような目で見つめている。
あっ。これは僕、酒豪二人に生贄として捧げられたな?
* * *
「おええっ」
決起集会が終わり梁取湧人とともに家路を急ぐ……はずだったけど、僕たちは最寄り駅から家までの途中にある公園で休憩を挟んでいる。僕の体調が思わしくないからだ。
「おいおい、大丈夫かよ」
「ちょっと……いえ、かなり飲まされまして。最初は彼らだけで飲んでたんですけど、だんだん僕も道連れにされて……」
「だとしても、大人なんだから自分でセーブしてくれよな」
梁取湧人の呆れたような声が降ってきた。
「こういう飲み会は初めてだったので」
「こういう、って?」
「何と言いますか、大学生ノリに近いと言うんでしょうか……僕は大学に行ってないので想像上の大学生ノリですけど……」
持っていた水を飲んで気分を落ち着ける。この水は公園近くにあった自動販売機で購入したものだ。
「もうタクシーでも使うか? 家まで歩いて十分くらいだが」
「そんな無駄遣いをしなくても、そろそろ歩けそうです。明日は二日酔いでしょうけど」
僕がペットボトルにふたをしながらそう言うと、梁取湧人がけろっとした顔で不穏なことを告げた。
「たぶんだが、今日だけじゃなくて何度もあると思うぞ、飲み会」
「えっ……? 決起集会って一回だけじゃないんですか?」
「なんだかんだ理由を付けて飲むんだよ、この業界は」
こんな飲み会が何度も!?
なんだそれ、地獄か?
「僕、早くも舞台をやり遂げる自信が無くなってきました」
「決起集会で自信喪失するやつがいるかよ!?」
僕の弱気な発言に、梁取湧人が肩をすくめた。




