◆第22話 【side 宮坂明宏】
【side 宮坂明宏】
稽古場での生の練習風景に、僕は圧倒された。
『吹雪のペンション殺人事件』とはまったく関係のない舞台作品の稽古をしているらしく、内容に関してはよく分からなかったけど、それでも鬼気迫るものは感じた。誰も彼もがここではないどこか――たぶん作品内の世界――で生きているかのようで、目の前にいるのに決して僕たちの世界とは交わらない人物なのだと思わされた。それはとても不思議な感覚で、彼らの姿は強烈な記憶として僕のまぶたの裏に焼き付いた。
そのため練習風景を見ている間も、家への帰り道でも、家に帰ってからも、彼らの姿を忘れることが出来なかった。
「すごかったですね。僕、あんなに近くで稽古を見たことがなかったので、感動しました」
「そりゃあ良かったな」
「はい。ものすごくいいものを見させてもらった気がします。彼らの舞台が楽しみです!」
「なんで観客目線なんだよ。お前も舞台に立つの! あいつらと一緒に!」
梁取湧人の言葉でハッとした。
そうだった。舞台の企画が通ったら、僕は彼らと一緒の舞台に出演しなければならないのだ。
「僕、あの劇団員のみなさんと一緒に舞台に立てるか不安になってきました。一人だけ下手すぎて浮かないでしょうか」
僕が浮いたことで公演が台無しになってしまったら、あの素晴らしい稽古をしていた劇団員たちに申し訳が無さすぎる。
そんなことを思っていると、梁取湧人が僕のことをちらりと見た。
「お前、今回のオーディションは良かったと思うぞ。何よりカタコトじゃなかった」
「そんな最低限のことで褒められましても」
「前回はそんな最低限のことが出来てなかったんだよ」
うっ。前回のオーディションのことは思い出したくもない。
僕なりに頑張ったつもりだったけど、梁取湧人の言うように、あの日の僕は棒読みすぎてカタコトに聞こえるほどだった。
その自覚はある。
「そうだ、宮坂。SNSに変な投稿はしてないよな? 舞台のオーディションに合格したとか。公開前の情報を呟くのは厳禁だからな」
梁取湧人が僕に向かって注意喚起をしてきた。
しかしそんなことを気にする必要は無い。何故なら。
「厳禁も何も、そもそも梁取明人のSNSアカウントは作ってません。宮坂明宏のアカウントはありますけど、基本的に閲覧用です。確か『はじめまして』が最初で最後の投稿だったかと」
「お前、SNSやってなかったのかよ!? ……って、チェックしてなかった俺が言うことでもないかもだが」
梁取湧人は面倒くさそうに頭をかいてから、僕に向かって言った。
「今の時代、SNSはやっておいた方が良い。あー、炎上するような人はやらない方が良いが。それでも芸能関係の道に進む人はやっておかないと、ファンが付きにくい」
「でも僕、あんまりマメな方でもないので、SNS運用は苦手かもです。個人のアカウントだって放置してますし」
「仕事の一環だと思って頑張れよ。SNS経由で仕事の依頼も来るかもしれないからな。実際、今回のオーディションの話はSNSで連絡を取り合って得たものだ」
仕事の一環、か。
なんだかどんどん課される仕事が増えていく。
アイドル俳優を目指すのも楽じゃないな。
* * *
それからしばらく、僕たちは地道にレッスンを続けていた。
そして時折、地下アイドルとしてのライブも行なった。
僕はまだまだ観客の前に立つと緊張するけど、それでも初回のライブよりはマシになった気がする。
そんなある日、梁取湧人がスマートフォンを片手にリビングへと走り込んで来た。
彼はまだ寝起きらしく強めの寝癖が付いているのに、朝からテンションが高く、目がぱっちりと開いている。
低血圧な僕とはまるで違う寝起きだ。
「宮坂! 『吹雪のペンション殺人事件』の舞台化が決まったってよ! スケジュールも送られて来た!」
朝からハイテンションな梁取湧人が、僕の顔の前にスマートフォンを突き付けた。
画面には、菖蒲沢演出から梁取湧人に宛てたメッセージが表示されている。
「へえ。公演は来月末……顔合わせは今週か来週のどこかで、稽古は再来週から!? 演劇ってこんな急にスケジュールをねじ込んでくるんですか!? ファストフードのアルバイトだって一か月ごとにシフトが出ますよ!?」
「その辺は劇団にもよるが、この劇団はギリギリにスケジュールを入れてくるタイプだったってことだな。この舞台を受けたら、きっとこれからもこんな感じだと思うぞ」
「うえーっ」
「別に良いだろ。今のお前は毎日暇なんだから」
確かに今の僕は働いていないし、特に誰かと会ってもいない。
しかし暇と言うのは聞き捨てならない。
「全然暇じゃないですよ!? 毎日レッスンとトレーニングをさせられて……あっ、舞台の稽古が入ったらレッスンが無くなるから良いかも!?」
「舞台の稽古は、俺とのレッスンよりもハードだと思うぞ」
舞台の稽古に希望を見出す僕に、梁取湧人が残酷な事実を告げた。
薄々そうだと思っていた。厳しい稽古をしていなければ、あの劇団員たちのような演技は出来るようにならないだろうから。
「とんでもない世界に足を踏み入れてしまった、と後悔する毎日です」
僕は心の底からそう言った。
* * *




