◇第21話 【side 梁取湧人】
【side 梁取湧人】
「オーディションなのに、他の参加者はいないんですか?」
『吹雪のペンション殺人事件』の舞台化をしようとしている劇団の稽古場へ行くと、俺たちは小さな会議室へと通された。
このオーディションとは思えない状況に、宮坂は動揺しているようだった。
前回行ったオーディションが、良くも悪くもきっちりとしたものだったせいもあるだろう。
しかし舞台のオーディションは今回のようにひっそりと行なう場合も多い。劇団の規模が小さいほど、そうなりがちだ。
「これは公にしてるオーディションじゃないからな。なにせ、まだ舞台自体が企画段階のものだ。それでもいいって人だけに声を掛けてるんだろうな」
「ええと。今日オーディションを受けるのは、僕たちだけってことですか?」
「そういうこと。だから今回のオーディションは誰が選ばれるかじゃなくて、俺たちが舞台演出のお眼鏡にかなうかどうか、って感じだな」
「それはそれで緊張しますね。落ちたら前回のオーディションよりもダメージが大きそうです」
「まあ前回のは落ちて当然だったからな。あの棒読みで落ち込むのはおこがましい」
俺たちが雑談をしながら待っていると、俺たちを会議室に案内してくれた人とは別の、一人の男性が会議室に入って来た。
「「本日はお時間を頂きありがとうございます!!」」
男性が入ってくるなり、俺たちは立ち上がって深々とお辞儀をした。
「あらあら~。そんなに肩肘をはらなくてもいいのよォ。もっとリラックスしてちょうだい。こっちこそ、わざわざ来てくれてありがとねェ」
予想外の声色に驚いて顔を上げると、舞台演出らしき男性が、俺たちのことを穴が開くほど見つめていた。
そう、舞台演出らしき“男性”が。
「まあ。二人ともイイ男じゃな~い」
「えっ」
困惑の声を漏らした宮坂の足を踏む。
下手な反応をして相手の機嫌を損ねたら、オーディションの前に不合格になってしまう可能性があるからだ。
「はじめまして。アタシはこの劇団の座長であり舞台演出の、菖蒲沢菖蒲よォ。ちなみに、これは芸名。本名じゃないわよォ」
「梁取湧人です。よろしくお願いします」
「や、梁取明人です。お願いします」
俺に足を踏まれた宮坂は、余計なことは口にせず、俺の真似をして自己紹介だけをした。
うん、それでいい。
「いや~ん。取って食ったりはしないから安心してちょうだい。二人のことは食べちゃいたいほど可愛いと思ってるけどねェ!」
緊張の走る俺たちを見た菖蒲沢演出は、体をくねらせながらそう言った。
取って食わないとは言っているものの、油断をしたら食べられそうな雰囲気を感じる。性的な意味で。
「な~んて、冗談よォ。アタシは年上のオトコが好きなの。アナタたちは恋愛対象外」
「そ、そうですか……」
良かった。
それにしても癖の強い人だ。
芸能界には癖の強い人が多いが、その中でもかなり癖の強い人物の気がする。
「……って、雑談をしてても仕方がないわァ。さっそくこの三つのセリフを読んでみて。どれも小説内にあるセリフよォ」
ハッとした様子の菖蒲沢演出は、俺たちに一枚の紙を渡してきた。
紙には、俺たちがオーディションを受ける役のセリフが書かれている。
「では俺から行かせていただきます!」
セリフを一読した俺は、先に手を上げた。
俺の前に宮坂にセリフを読ませるのは酷だと思ったからだ。
初心者の宮坂には、俺のセリフ読みを参考にしてもらった方がいいはずだ。
俺は咳払いをすると、課題である三つのセリフを声に出した。
それぞれのセリフに、場面に合った感情を乗せて。
「ゴホン。
『みなさん、一緒にトランプでもしましょうか。この吹雪の中でスキーは出来ませんので』
『だ、誰が殺したんですか!? この中に犯人がいるんでしょう!?』
『その通り。俺が、俺たちが、犯人ですよ。そこのクズ野郎は死を持って償うべき人間ですからね』
以上です」
俺のセリフを聞いた菖蒲沢演出は、微笑みながら頷いている。
どうやら好印象のようだ。
「うんうん、及第点ねェ。それにまだまだ伸びしろがありそう。いろいろ教え込みたいわァ」
「ありがとうございます!」
及第点、か。
もう少し褒められると思っていたのだが、なかなか厳しい採点だ。
「じゃあ次は、そっちの子。明人チャンだっけ?」
「は、はい!」
問題は宮坂だ。
この前のオーディションのときのような醜態を晒しては、受かるものも受からない。
せっかく双子の役者を求めているという俺たちに有利な状況なのだから、頑張ってほしいものだ。
「『みなさん、一緒にトランプでもしましょうか。この吹雪の中でスキーは出来ませんので』
『だ、誰が殺したんですか!? この中に犯人がいるんでしょう!?』
『その通り。俺が、俺たちが、犯人ですよ。そこのクズ野郎は死を持って償うべき人間ですからね』
……ええと、以上です」
宮坂が流暢なセリフ読みを披露した。家で二人で練習したときにも思っていたが、前回のオーディションとは別人のようだ。
原作小説が存在し、役の人間性が分かったゆえの結果だろうか?
俺にはよく分からない感覚だが、良いセリフ読みを披露できたのだから何でもいいか。
「う~ん、良いでしょう。二人とも合格よォ」
菖蒲沢演出が手を叩きながら俺たちにそう言った。
「「ありがとうございます!」」
「まだまだ鍛える必要はありそうだけど、最低ラインはクリアってところよォ。ウフフ。こんなに顔の良い双子が今後現れるとも思えないから、アナタたちでいきましょ!」
演技は最低ラインなのか……まあ仕方がない。
稽古をする前から満点をもらえるわけはなかったんだ。満点には、稽古をして辿り着けばいい。
「あっ。合格とは言っても、まだ企画が流れる可能性はあるからそれだけは考慮しておいてちょうだい。一番の懸念点だった双子が見つかったから、十中八九やるとは思うけどねェ」
まだ企画段階とはいえ、劇団の座長であり舞台演出でもあるこの男性がやる気なら、期待をしても良い気がする。
状況によって規模こそ変わる可能性があるが、公演自体はほぼ決まったと思っていいだろう。
「具体的なことが決まったら連絡するわァ。また湧人チャンにメッセージを送ればいいかしらァ?」
「はい! よろしくお願いします!」
菖蒲沢演出が元気よく返事をする俺と宮坂を眺めた。
「最後に。アナタたちから何か質問はあるかしらァ?」
「菖蒲沢演出は、どうしてあの小説を舞台化しようと思ったんでしょうか」
菖蒲沢演出の質問に対して、すぐに宮坂が発言をした。
もしかするとずっと気になっている質問だったのかもしれない。
「実はあの小説、アタシが書いたの」
「そうだったんですか!? でも小説の作者は菖蒲沢演出さんではなかったような気がするんですけど……」
「あら、ちゃんと原作小説を読んでくれたのねェ。本に載ってる作者名は、小説を出す際のペンネームなの。アタシは何種類もの名前を持ってるのよォ」
まさか原作小説がこの人の書いたものだったとは。
原作はつまらなかった、なんて言わなくて良かった。
「たくさんの才能をお持ちなんですね!」
原作小説が菖蒲沢演出の書いたものだと聞いた俺は、すかさず菖蒲沢演出をヨイショした。
芸能界で生き残るには、こういった処世術も必要なのだ。
「う~ん。本当はもっと表に出るような才能が欲しかったんだけど、あいにくアタシの才能は執筆だの演出だの、裏方の地味なものばっかりだったのよねェ」
「地味だなんて滅相もない。すごいですよ! 舞台演出として成功する人なんて一握りですし、小説家として成功する人も一握りなのに、その両方で成功してるなんて! 尊敬します!」
「どっちも大成功と言えるほどの成果は残してないけどねェ。良くて小ヒット程度……あっ、これは劇団員には言わないでね。あの子たちはアタシのことを信じてついて来てくれてるから、弱音なんか聞かせたくないの」
俺は菖蒲沢演出に尊敬の眼差し――に見えるように無理やり輝かせた眼差し――を向けながら、頷いた。
すると菖蒲沢演出は思いついたとばかりに膝を打った。
「そうだわ。せっかく来たんだから、劇団員たちの練習風景も見て行ってちょうだい。双子のアナタたちを見たら、企画が決まりそうだと知って劇団員の士気も上がるだろうし、アナタたちも劇団員の演技に刺激を受けるはずよォ」




