◆第20話 【side 宮坂明宏】
「……? どうかしたんですか?」
帰ってきた梁取湧人の機嫌がやけに良いことに疑問を持った僕は、そう質問をした。
すると梁取湧人は嬉しそうに上がっていた口の端を、さらに上へと吊り上げた。
「新しいオーディションが見つかった」
「もうですか!?」
梁取湧人の行動が早すぎて、彼の情報を探る暇も、休む暇も無い。
僕は梁取湧人の行動力に驚きと呆れを感じつつ、大声を出した。
「知り合いの伝手で聞いた話だが、双子を探してる舞台企画があるらしい。まだ企画段階のものだが」
「企画段階と言うことは、オーディションに受かっても企画自体が無くなる可能性もあるってことですか?」
「まあ、そうだな。ただ一番の問題が双子の確保らしいから、俺たちがオーディションに受かったら、企画が進む可能性は高い」
「どうしても双子が必要な舞台、ということですか」
「そういうことだ。ほら、これ」
そう言って梁取湧人は一冊の本を僕に手渡した。
「何ですか、この本。小説?」
本の表紙には『吹雪のペンション殺人事件』と書かれている。あまりにもベタだ。
「双子を欲しがってるのは、この小説を舞台化する企画らしい。一度読んでみろ。原作小説をぜんぶ読めば、役の人間性が分からないなんてことは起こらないだろ」
「確かにそうかもしれません。さっそく読んでみますね」
小説を読んでいる間はトレーニングに付き合わされないだろうと思った僕は、リビングのソファに座って小説を読むことにした。
「読み終わったら、俺にあらすじを教えてくれよ」
「湧人君は読まないんですか?」
「俺もあとで読むつもりだが、小説を正しく読めるか自信が無い」
「読書は書かれてる文字を読むだけでは?」
僕が首を傾げながら尋ねると、梁取湧人が気まずそうな表情になった。
「俺、国語の成績が良くなかったんだよ。読解力が不足してるのかもしれない」
「読解力が不足してるのは役者として問題ではありませんか? 台本の読み込みで困るでしょう?」
「それが出来てないから俺はこれまでくすぶってたのかも……って、うるさいなあ! 俺に足りない部分は、お前がフォローすればいいだろ!? 常に一緒の双子アイドルで売っていくんだから!」
「僕の負担がどんどん増えていく気がするのは……気のせいですかねえ」
当初は歌だけをフォローするはずだったのに、この調子だと今後も僕の負担は増えそうだ。
「俺たちは二人で一組なんだから、苦手な部分はもう一人がフォローすることで戦うんだよ! 俺だってお前の代わりにオーディションの情報を集めてきたり、激しいダンスをしたりしてるだろ!?」
「それは確かに。考えてみるとまだまだ湧人君の負担の方が大きいですね。それにしても……二人で一組、か」
「おう。俺たちは双子アイドル俳優だからな!」
「まだ、ほぼ何も始まってませんけどね」
水を差すような僕の発言を聞いた梁取湧人が、僕の額にデコピンをかました。
* * *
梁取湧人に渡された小説の内容は、タイトル通りのミステリーだった。
内容は、こうだ。
冬休みを利用してとあるスキー場を訪れた主人公とヒロイン。
そこは利用客の少ない、いわば穴場スポットのスキー場だった。
到着したその日にはスキーを楽しんだ主人公とヒロインだったけど、二日目になると外は吹雪になってしまった。
仕方がないので、二人はスキーを断念し、ペンションの中で過ごすことにした。
二人が談話室でお喋りをしていると、同じペンションに宿泊している面々が集まってきた。
この日ペンションには、主人公、ヒロイン、宿泊客四人、ペンションのオーナー一人の合計七人がいた。
主人公たちは仕事をするオーナーに見守られながら、全員で雑談をしたりゲームをしたりして楽しむ。
その夜、事件は起こった。
宿泊客の一人である女性が、何者かに殺されてしまったのだ。
外が吹雪のため警察の到着が遅れることを知った面々は、第二の事件を起こされる前に犯人を見つけて捕縛しようという話になった。
ここからペンション内での犯人捜しが始まる。犯人捜しの中で、登場人物たちの意外な素性や関係性が明らかになっていく。
しかし捜査の甲斐なく第二の事件が起こってしまう。
なんと今度はペンションのオーナ―が殺害されてしまった。
主人公は第一の事件と第二の事件の調査、そして宿泊客への聞き込みをして、犯人の正体を明らかにする。
犯人は、宿泊客の一人……の、双子の弟だった。
双子は結託していて、弟は兄のフリをしてペンションの中に潜り込み、兄の部屋に潜んでいた。
そして口達者な兄が上手く他の宿泊客を動かして、ターゲットと弟が二人きりになる瞬間を作り、殺人を実行させていた。
ペンションの中を捜査したときにも、弟が発見されないように兄が主人公たちを誘導し、その隙をついて弟は潜伏する部屋を変えていたのだ。
つまりこのペンションには、本当は全部で八人の人間がいたのだ。
なお殺害理由は積年の恨み。
実は殺されたペンションのオーナーは双子の父親で、同じく殺害された宿泊客の女性はオーナーの愛人だった。
両親の離婚時に母親に引き取られた双子は、離婚の真相を知って父親に対し嫌悪感を持っていた。
その上ペンションの経営が上手くいっていないこともあって、父親は双子の養育費を踏み倒していたのだ。
そのため働き詰めだった双子の母親は過労で他界してしまった。
双子は、父親が母親を殺したようなものだと感じ、父親と、自分たちから父親を奪った父親の愛人に対して憎しみを募らせていた。
そしてペンションに父親と愛人が揃う日の情報を入手した双子は、二人の殺害計画を実行したのだった。
無事に推理を終えた主人公だったけど、犯人たちに服毒自殺をされてしまう。
主人公を含めた宿泊客たちは突然のことに反応できなかったため、この事件は犯人の自殺という後味の悪い結末で幕を閉じたのだった。
* * *
「どこかで見たような話だな」
小説を読み終わった僕は、ふうと長い息を吐いた。
ありふれていて、新鮮味の無い、わざわざ舞台化するような作品だとは思えない小説だ。
「あまりにありふれてる……僕たちも似たようなものだし」
僕はこれまで自分が特別不幸な気がしていたけど、案外不倫問題での家庭崩壊はよくある話なのかもしれない。
……よくあっちゃダメなんだけど。
「さすがにこの内容を説明するのは嫌だな」
そう思った僕は梁取湧人に小説を渡す際、彼に「難しいところは何も無かったけど、分からない箇所があったら聞いてください」と述べることで、自ら小説の内容を説明することを避けた。
なお読書を終えたらしい梁取湧人からは、特に何の質問も飛んではこなかった。




