◆第19話 【side 宮坂明宏】
【side 宮坂明宏】
オーディションから一夜明けた今日、梁取湧人は気分転換をしてくると言って、遊びに出掛けてしまった。
この体力お化けめ。
一方で僕は、休みたいから家でゴロゴロする、と伝えておいた。
いつも休みたいと言っているからか、梁取湧人は僕の発言を特に疑うこともなく、家を空けた。
「さて、と」
このチャンスを逃すわけにはいかない。
最近は梁取湧人の事情に付き合わされてばかりだったけど、ここらで僕の事情を遂行させてもらおう。
僕は玄関へ行くと、チェーンを閉めた。
梁取湧人がすぐに家に入って来られないようにするためだ。
一度コンビニへ行って帰って来たときにうっかりチェーンを掛けてしまった、とでも言えば怪しまれることはないだろう。
「一番気になるのは、梁取湧人個人の部屋だよな」
この家で厄介になってから、僕は梁取湧人の部屋には入ったことがない。
トイレや風呂などの設備は借りているものの、僕は基本的にはリビングで過ごしている。
眠るときもリビングのソファで寝るか、リビングの床に来客用の布団を敷いて眠っている。
この家でのたった一つのルールとして「梁取湧人の部屋には入らない」というものがあるからだ。
梁取湧人の部屋の中には通帳や印鑑があるから、というのが理由だ。
もっともなルールだし、この家から追い出されても困るので、今日まで僕はこのルールに従っていた。
だけど梁取湧人が見ていない今は、話が別だ。
「部屋に鍵が掛かってないと良いんだけど」
僕は梁取湧人の部屋の前までやって来ると、ドアノブに手を掛けた。
するとドアノブはガチャリと回る。
「自分の家で鍵は掛けないか……今は僕が家にいるのに、不用心だな。僕がこれまで良い子にしてたことで油断したのか?」
不用心だという話をするなら、そもそもどこの誰とも分からない僕を家に置いている時点でかなり不用心なのだけど。
「愛情いっぱいに育てられたから、人を疑うってことを知らないのかもな」
そう思うと、梁取湧人のことが憎らしくなってきた。
一緒に活動をして少し打ち解けてしまったけど、梁取湧人は僕の敵だ。
僕の『掴めたかもしれなかった運命』そのもの。僕からその運命をかすめ取り、幸福を享受した天敵なのだ。
「さて、愛情たっぷりに育てられた、梁取湧人の部屋はどんな感じかな」
梁取湧人の部屋の中は、この家全体と同じように整理整頓されていた。
必要以上のものが置かれていない、簡素な部屋。
少し簡素すぎるようにも感じるその部屋のデスクの横には、コルクボードが飾られていた。
そのコルクボードには。
「なんだ、これ」
何枚もの写真が画びょうでコルクボードに留められているけど、その留められ方が異様だった。
どれも家族写真のようで、両親と梁取湧人の三人が写っている。
しかしすべての写真の父親の顔が、画びょうでめった刺しになっているのだ。
画びょうを刺され過ぎたせいで、もはや父親の顔は判別できないほどだ。
「……こっちの家庭では不倫に気付かれず上手くやってると思ってたけど、そういうわけでもなかったのかな」
父親が梁取湧人に恨まれていることは、このコルクボードを見れば分かる。
そしてこれほど父親を恨む理由は、やはり僕の母親との不倫だろう。
「不倫はバレてたのか。よりにもよって、息子に」
息子に不倫がバレるなんて、何をしたらそんなことになるのだろう。
息子である梁取湧人に決定的瞬間を見られてしまったのか、もしくは母親が梁取湧人に父親の不倫を教えたのか。
「……これじゃあ梁取湧人を持ち上げてから突き落とすのに、罪悪感が芽生えちゃうじゃないか」
僕と違って恵まれている梁取湧人に地獄を見せてやろうと思ったのに、梁取湧人は梁取湧人で僕とは違う地獄を見ていたなんて。
「いや、まだ分からない。ただ単に父親と馬が合わなかっただけかもしれないし」
馬が合わなかっただけですべての写真の父親の顔を画びょうでめった刺しにするのは明らかにやりすぎだけど、無いとは言い切れない。どうでもいい小さなことで壮絶な親子喧嘩をする家庭もある。
「梁取湧人が父親を恨んだきっかけの書かれてる日記でも見つかればいいんだけど」
デスクの上を探してみたけど、日記らしきものは無かった。
次にデスクの引き出しを一段ずつ開けていく。引き出しの中にも日記は入っていなかった。
「事件の経緯が書かれた日記があるのは、ゲームの中だけか」
ゲームでは、事件の捜査をするときに必ず日記が出てくる。
しかし現実世界で日記を書いている人はあまり多くない。
特に紙の日記を使用している人はかなり限られてくる。
「他に梁取湧人のことが分かりそうなものは……」
その後も梁取湧人の部屋を探し回ったけど、これと言って梁取湧人自身のことが分かるようなものは出てこなかった。
……あまりにも何も無さすぎた。違和感を覚えるほどに。
「意図的に思い出の品を捨ててる? 何があったんだよ、梁取湧人の家は」
そのとき、玄関の方でガチャガチャと扉を開け閉めする音がした。
そしてすぐに大声が響いてくる。
「おーい、宮坂! チェーンが掛かってるぞー!」
僕は部屋の原状回復をすると、玄関へと向かった。
急いでチェーンを外すと、不満そうな顔の梁取湧人が家の中に入って来た。
「なんでチェーンなんか掛けてるんだよ。俺が出掛けてたこと、知ってるのに」
「すみません。コンビニへ行った後に、癖でうっかりチェーンを掛けてしまったみたいです」
「はあ。うっかりは仕方ないが、呼んだら早めに出てきてくれよ」
「ソファでうたた寝をしてしまって。疲れが溜まってたみたいです」
「本格的に体力が無いんだな、お前。もっとトレーニング量を増やすか」
「ひいっ!?」
僕が思わず悲鳴を上げると、冗談だ、と梁取湧人が愉しそうに笑った。




