◆第17話 【side 宮坂明宏】
オーディション巡りをするとは言っても、そんなにタイミングよくオーディションが行なわれているわけもなく、僕たちは自宅で昨日のライブ疲れを癒すことになった。
梁取湧人は今日もレッスンをしようとしていたけど、レッスンには休息日も必要だと僕が主張したからだ。
「あー、疲れました」
「その言葉、今日何度目だよ」
僕が何の気なしに独り言を呟くと、僕の独り言に梁取湧人が反応した。
「だって本当に疲れたんですもん。体力的にもそうですけど、精神が疲弊してしまって」
「いや、十分寝ただろ。睡眠で回復しなかったのかよ」
「寝たからと言ってすぐに回復するものでもないですよ。単純な湧人君と一緒にしないでください」
「前々から思ってたが、お前って俺へのリスペクトが足りないよな? 本当にファンなのか?」
あっ。つい本音が漏れてしまった。
ファンではないのに同じ顔にしたという点で、僕のことを怪しまれても困る。
ここは上手いこと言いくるめておこう。
「今のは褒め言葉ですよ。戦隊モノのレッドって、まっすぐで単純な性格のことが多いじゃないですか。僕はそういうレッドっぽい湧人君が好きなんです」
「……さっきの俺への侮辱に聞こえたセリフは、褒めたつもりだったが言葉選びがものすごく下手だった、ってことか?」
「そうです! 寝て回復するまっすぐで健全な魂を持ってる湧人君と、寝ても回復しないウジウジした魂を持ってる僕は違うって言いたかったんです。僕は湧人君みたいにキラキラした人間ではないんです」
「なるほどな」
セーフ。
梁取湧人は今の言い訳に納得したらしい。
本当に単純だな。
「じゃあ今日だけは『疲れた』って単語を許してやる。だが明日からはシャキッとしろよ?」
「今日だけですか……分かりました」
「明日からはまたレッスンをするからな。あとオーディションでの立ち振る舞いも伝授する」
「筋肉痛もすごいので、明日もレッスンはしたくないです」
「筋肉を動かせば、筋肉痛も無くなるだろ」
「そういう体育会系のノリ、僕にはついて行けません」
梁取湧人はレッスンに乗り気ではない僕に肩をすくめると、リビングから自室へ向かおうとした。
「湧人君は今日、何をするんですか?」
「人脈やSNSを駆使して、近々オーディションをやりそうな舞台を見繕うんだよ」
「事務所に所属してないと、そういうことも自分でやらないといけないんですね」
「そうだ。そのうちお前にもやってもらうことになるだろうから、舞台関係者のSNSはフォローしておけよ?」
「はーい」
僕の返事を聞いた梁取湧人は、伸びをしながらリビングから出て行った。
* * *
「明日やるオーディションが見つかったぞ!」
「嘘でしょ!?」
数時間後、自室から飛び出してきた梁取湧人が興奮した様子でオーディションを見つけたと言ってきた。
舞台のオーディションは年がら年中やっているものでもないだろうに、よく見つけたものだ。
「と言っても、双子役で募集してる役じゃない。舞台自体も小規模なものだ。だからオーディションの練習のつもりで受けに行こう」
「オーディションの練習って、そんなモチベーションでオーディションを受けるのは失礼じゃないですか? もしも受かったらどうするつもりなんですか」
「当然、受かったら舞台には本気で取り組むさ。ただし片方だけが受かると、もう片方は舞台が終わるまで暇を持て余すから、二人とも受かった場合だけ役を受けるってオーディションで言わないとだな」
「双子でもないのに同じ顔の人間を、同じ舞台で出しますかね?」
「ダブルキャストで採用してくれるかもしれない。日程によってキャストを変えるアレだ。どっちかが怪我や病気をしたときに、元気な方が出演することも出来るから便利なんだ」
僕は舞台に詳しいわけではないけど、ダブルキャストなんてものを採用するのは、主役級の役か、風邪を引きやすい子役、もしくは金の有り余っている舞台だけではないだろうか。
「端役にそんな対応するんですか?」
「滅多にしないな。ただダブルキャストじゃなくても、二人とも役をもらえる可能性もある」
「双子役が無いのに?」
「俺たちに合わせて台本を変更する可能性もある。だがまあ、稀だな。だから明日は基本、練習のつもりでオーディションを受けるんだ。就職活動だって、本命の前に練習で別の企業を受けるだろ? 企業への就活はしたことないから聞きかじっただけだが」
そう言われると、確かに就職活動では本命の前に滑り止めの企業を受けることがある。
その感覚なら、気軽に受けるオーディションがあっても良いのかもしれない。
「役者ってのは、毎回就活をしてるようなものなんだ。舞台ごとに面接を受けて、受かった場合のみ仕事がもらえる。だからオーディションに慣れておくことは、絶対に必要だ。俺たちが人気役者になったら舞台側からオファーが来るだろうが、それまでは基本はオーディションだからな」
キラキラ華々しくて楽しい世界に見える芸能界では、毎回の舞台が就職活動なのか。きっとドラマや映画でもこうなのだろう。
喋りの達者な芸能人が多いのは、こういうところが影響しているのかもしれない。
喋りの達者ではない人はオーディションに受からず消えていき、オーディションに受かるような人物だけが芸能界に残るのだ。
「ってことだから、今からオーディションでの立ち振る舞いを伝授する」
「えーっ、今日は休息日にしてくれるんじゃなかったんですか?」
「明日オーディションでの立ち振る舞いを伝授してたら、間に合わないだろ。明日がオーディションなんだから」
「スケジュールに無理があるんですってば。いきなり明日オーディションだなんて。湧人君には詰め込み癖がありますよ!?」
そして梁取湧人は、少し前まで素人だった僕に期待をしすぎだ。
いきなりオーディションに連れて行かれても、借りてきた猫のようにビビり倒して終了の気がする。
僕の表情で何かを察したのか、梁取湧人がにっこりと笑った。
「心配するな。俺も明日は失敗すると思ってる。失敗を恐れなくていい!」
「失敗すると分かってるのにオーディションを受けるんですか!?」
「練習だって言っただろ。失敗だって糧になるんだ」
その意見は一理ある。一理あるけど、失敗すると分かっているものに挑むのはどうも気が進まない。
僕がそんなことを言っても、梁取湧人はオーディションに僕を引っ張って連れて行くのだろうけど。
「だから今日は早く寝るんだぞ。肌のコンディションを少しでも良くするためにな。じゃあ五分後に、オーディションでの立ち振る舞いの講義を行なう!」
「五分後って、ええっ……」
「リビングでやるからな!」
梁取湧人はそう宣言をすると、オーディションの講義とやらに必要なのだろう品を取りに、また自室へ戻ってしまった。
「はあ。忙しすぎて梁取湧人のことを探るどころじゃないな」
一人になったリビングで、僕は溜息を吐いた。




