◆第16話 【side 宮坂明宏】
ライブ当日。
喉を潤すために水を飲もうとすると、ペットボトルを持つ右手が震えていた。
「平気か?」
「ものすごく緊張してるみたいです」
「見れば分かる。顔は冷静なのに身体がカチコチで、ちょっと面白いことになってるぞ」
そう言いながら、梁取湧人がケラケラと笑った。
ああ、僕は見て分かるほど緊張をしているのか。
震える手で喉に水を流し込んでから、深呼吸をする。
「ふう……僕は、アイドルには向いてないのかもしれません。あまり見られることが好きではないので」
「その顔で何を言ってるんだか」
「顔が変わっても、僕は僕ですから」
梁取湧人の頼みなんか聞くんじゃなかった。
僕は今になって、激しく後悔をした。
すると緊張でガチガチになっている僕の背中を、梁取湧人が思いっきり叩いた。
「痛っ!?」
「お前はカッコイイ。俺と同じ顔なんだから、当然だ。カッコイイお前が何をしようと様になる。自信を持て」
これは、梁取湧人なりに僕のことを励ましてくれているのだろうか。
「……何をしてもってことはないでしょう?」
「いいや、何をしてもだ。石につまづいて転んでも、俺はカッコイイ。だから同じ顔のお前もカッコイイはずだ」
「ぷっ。なんですか、それ」
「つまり、失敗をしても問題ないってことだ」
梁取湧人があまりにも自信満々に言うものだから、だんだんとそんな気がしてきてしまった。
「何があっても大丈夫。俺が隣にいるんだから。お前が粗相をしても、ベテランの俺がフォローできる。だからお前は、全力でやればそれでいい」
「……ありがとうございます。頑張ってみます」
「行くぞ」
「はい!」
ステージに上がると、観客から驚愕の声が聞こえてきた。それはそうか。推しているアイドルが実は双子で、いきなり二人でステージに立つなんて、そんなことはまず起こらないから。
そのあり得ないことが目の前で起こったら、動揺もする。
「みんな、久しぶりー!」
梁取湧人は観客の動揺など少しも気にしていない様子で、大きく手を振った。
「どうしてライブ出演が久しぶりになったのかと言うと、こいつに会ってたからだ!」
「初めまして。湧人君の双子の、明人です」
合図を出された僕は、必要最低限の挨拶をした。そして僕が名乗ったことを確認した梁取湧人が話を引き取って、続きを口にする。
「実は明人は、俺の生き別れの双子なんだ。最近の俺はこいつと会ってたから、ライブに来れなかったんだよな。しばらく会えなかったが、みんなは俺のこと、忘れてないよなー!?」
ステージの前に集まった梁取湧人のファンが肯定の言葉を述べる。双子が珍しいからか、いつもは後ろの方で興味なさそうにしている梁取湧人以外の出演メンバーのファンも、ステージに注目をしているようだ。
「明人はこれまで一般人だったから、今日が初めてのライブなんだ。温かく見守ってやってくれよな!」
梁取湧人は曲前のMCを終えると、僕のことを見て一つ頷いた。
これに僕も頷き返す。
「全力で歌うから、俺たちの曲を楽しんでいってくれーー!!」
いよいよライブが始まる――!
歌い出し、緊張からか声が上ずってしまった。良くないのだろうけど一度咳払いをして声を整える。
さっきまで普通に出ていたのに、急に声が上手く出せなくなるなんて。僕は緊張しているということなのだろう。
さりげなく梁取湧人が僕の背中に手を当てた。背中から手の温かみが伝わってくる。
耳元で音程の外れた歌を聴かされつつ正しい音程で歌うのは至難の業だけど、今頑張らずにいつ頑張ると言うのだ。これまでのレッスンを思い出せ。特訓の毎日を無駄にするな。
「あ~の~空に~~聴こえる~ように~~歌い~続けるよ~~いつ~までも~~♪」
だんだんと緊張が解けてきたのか、いつも通りに歌えるようになってきた。この感じなら二曲目は最初から調子よく歌えそうだ。
一曲目の出だしでつまずいた分を、二曲目で取り返そう。
「緊張しました!! 歌と一緒に心臓が喉から飛び出るかと思いましたよ!」
「いきなり初ステージでグロいものを披露しようとするなよ」
ライブを終えてステージ脇に引っ込むなり、床にへたり込んだ。
そんな僕の姿を見ながら、梁取湧人が笑っている。
「それにしても、お前ガチガチだったな!」
「そりゃあガチガチにもなりますよ! あんなに注目されたことは、これまで生きてきて一度も無いんですから!」
ステージ脇に引っ込むまでへたり込まなかった自分を褒めてあげたいくらいだ。
あんなにたくさんの目に見つめられるなんて聞いていない。
いつもの梁取湧人のライブの倍くらいの観客がステージを見ていた気がする。話が違う。
「正直、このライブハウスであんなに注目されたのは俺も初めてだ。お前の歌のおかげかもな」
「僕の歌のせいであんなに見られたってことですか!? じゃあ自業自得ですね!?」
「『歌のせいで』じゃなくて『歌のおかげで』だろ。自分のパフォーマンスで観客を増やせたなんて、最高の成功体験じゃないか」
「僕は注目されたくなんてなかったのに……」
「芸能界に飛び込もうとしてるやつが、何を言ってるんだか」
梁取湧人と一緒に活動をしていたら、これからも今日のようなたくさんの視線に晒されるということか。
胃が痛くなってきた。
「……僕、急に自信が無くなってきました。もう解散しませんか?」
「最高のライブを披露した直後に言うセリフじゃないだろ!? あんなに気持ち良かったのに!」
「僕は緊張でいっぱいいっぱいでしたよ」
「何度もこなせば、そのうちお前もあの視線と歓声が気持ち良くなるさ」
「ええー……湧人君はこれからもライブをするつもりなんですか?」
そんなのキツすぎる。
僕がそう思っていると、梁取湧人が愉しそうに口の端を上げた。
「いいや、俺たちがこれからやるのはライブじゃない。たまにはライブに出ても良いが、メインの活動は別だ」
そして僕のことを見つめながら、綺麗な歯並びを見せた。
「いよいよオーディション巡りをするぞ!」
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