◆第15話 【side 宮坂明宏】
【side 宮坂明宏】
二週間の地獄のようなレッスンが終わって、いよいよ明日がライブ本番だ。
……今になって、僕はどうしてこんなことをしているのだろう、と急に真顔になってしまった。
僕は梁取湧人の人生をぶち壊してやろうと思っていたはずなのに、なぜか彼の夢に全力で協力をしてしまっている。
梁取湧人が幸せの絶頂に至ったところですべてをぶち壊すつもりではあったものの、そのために僕がここまでのことをする必要があったのだろうか。もっと他に簡単なやり方があったのではないだろうか。
一人でそんなことを考えていると、当の梁取湧人が隣に座って来た。
「緊張してるのか?」
「緊張?」
「明日はお前の初ライブだからな」
「……そうですね」
状況に流されるままに行動をしていたら、こんなことになってしまった。まさか生きているうちに自分がアイドルとしてステージに立つなんて思ってもみなかったし、僕の隣に梁取湧人が立つとも思っていなかった。
普通自分と同じ顔に整形をした人間と一緒にアイドルを目指すか?
僕もだいぶ酔狂だけど、梁取湧人も大概だ。
「そうだ、ライブハウスで何かを聞かれたときに備えて、最終確認をしておこう」
梁取湧人のプロフィールは頭の中に叩きこんでいるから、心配しなくても大丈夫だ。それとほぼ同じものを、僕自身のプロフィールとして語ればいいだけだ。
とはいえ最終確認を断る理由も無いので、素直に頷く。
「決めておいた自分のプロフィールは覚えてるか?」
「はい。僕は芸名『梁取明人』、本名は『高取明』、ですが基本的に本名は名乗らない。血液型はB型。誕生日は十月三十日で年齢は非公表……今さらですけど、年齢を非公表にする意味ってあります? 子役をやってた湧人君の年齢は、検索したら出てきますよね?」
「そうなんだよなあ。この機会に芸名を変えようかな」
その辺は僕の決めることではないから、勝手にしてくれていい。梁取湧人に合わせて僕の芸名も変えるのであれば、今日中に覚え直せばいいだけだ。
「事務所に入ってるわけじゃないから、変えようと思えばいつでも変えられるんだよな。明日から芸名を変えて梁取湧人とは別人として振る舞おうかな?」
「別人として振る舞ったら、これまでの芸歴が吹っ飛びません?」
「その通りだが……芸歴が長いのが嫌だったから、芸歴を吹っ飛ばすのも良いのかもしれない」
「僕としては芸名なんて何でもいいですけど。でも湧人君には昔の面影が残ってるので、いずれバレるとは思いますよ」
「じゃあ『梁取湧人』のままでいっか。あとからバレるのもカッコ悪いし」
僕の意見を聞いた梁取湧人は、あっさりと芸名を変える案を引っ込めた。
彼にとって芸名はその程度の、変えても変えなくてもどっちでもいいものらしい。
憧れの人に付けてもらったとか、様々な意味を込めたこだわりの芸名を持っている芸能人は多いけど、梁取湧人はそうではないようだ。
「ってことだから、お前は予定通り『梁取明人』な。自分で自己紹介しろよ。それ以外のことは聞かれなければ話さなくていい」
「分かりました。それ以外で覚えておくべき情報は、僕は湧人君の生き別れの双子、って設定くらいですかね? これまでは普通に働いてたけど、湧人君と再会したことで一緒にアイドルをすることになった、って設定にするんですよね?」
「これまで俺は双子がいるなんて話は一切してこなかったからな。生き別れとでも言っておかないと不審がられる。まあこの辺のことは俺が話すから、お前は隣で頷いてればいい。話すって言っても曲が始まる前の数分間だけの話だしな」
「誰かに生き別れになった理由を聞かれたら『秘密』って答えれば良いんですよね?」
「ああ。誰に質問されても『秘密』で押し通せ。観客だけじゃなくて地下ライブハウスのスタッフにも『秘密』で通すんだぞ。生き別れなんてセンシティブな話題だから突っ込んで聞いてくる人はまずいないとは思うが、どこにでもデリカシーの無いやつは紛れ込んでるからな」
生き別れになったそれらしい理由を梁取湧人とともに考えてみたものの、良い案が思いつかなかったため、「秘密」で通すことを決めた。
あとから良い案を思いついた際に矛盾が起こらないようにするためだ。
双子設定についての確認をしたことで、だんだんと実感が湧いてきた。
明日、僕は梁取湧人の隣でパフォーマンスをするのか。
こんな未来が訪れるなんて、想像すらしていなかった。
「結局、お前だけダンスを簡単なものにすることになっちゃったな」
梁取湧人が悔しそうに述べた。しかし僕に言わせれば、最初から無理だと分かりきっていたことだ。とはいえ練習で手を抜いたわけではないけど。僕には能力が足りなかったのだ。
「僕には、あの激しいダンスを踊りながら歌うのは無理ですよ」
「今はまだ、な」
「変な期待をされても困ります」
僕が釘を刺すと、梁取湧人が眉を下げながら笑った。
「はいはい。本当はあのダンスを踊りながら歌ってほしかったが、理想は理想、現実は現実だからな」
「……僕が踊れない分は、湧人君が躍ってくれるんですよね?」
「そうだ。その代わり、お前は俺が歌えない分、歌ってくれよな」
「はい。歌なら湧人君よりも上手に歌えますから」
ふと横を見ると、梁取湧人が僕のことを見つめていた。
彼の目に『信頼』が浮かんでいるように見えるのは、僕の気のせいだろうか。
「足りない部分を補い合える俺たちって、相性が良いのかもな」
「……そうかもしれませんね」
本当にそうなのかどうかは、明日判明する。
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