◆第12話 【side 宮坂明宏】
梁取湧人に連れて来られたのは、彼の家から少し歩いた場所にある、何の変哲も無い河原だ。河原の近くのサイクリングロードでは、ランニングをしている人や自転車を漕いでいる人たちが行き交っている。
「湧人君って人目を気にするのに、こんなところでレッスンをしても良いんですか?」
「スキマバイトと違って、アイドルがレッスンしてるところを見られても別に恥ずかしくないだろ。人気が出てきたら自宅バレの可能性があるから、自宅付近でのレッスンは出来ないが」
レンタルスタジオではなく無料の河原でレッスンをしているのは、それはそれで恥ずかしいような気もするけど。
梁取湧人の羞恥の基準はよく分からない。
「はあ。そういうものですかね?」
「そういうものだ。じゃあまずはストレッチから始めるぞ」
僕は梁取湧人とともに、いつの間にか慣れてしまったストレッチを始めた。まだまだ身体が固く、梁取湧人のように開脚したまま上半身を地面につけることは出来ない。このままストレッチを続けたら、いつかは僕もあのくらい身体が柔らかくなるのだろうか。まったくもって想像が出来ない。
「よし、ストレッチはこのくらいで良いだろ。次はダンスのレッスンをしていくぞ」
梁取湧人が、テキパキとスマートフォンで音楽を流す準備をした。
「まずは俺がお手本を見せるから、お前はしっかり見ててくれよ。あと、お前のスマホで俺のダンスを録画しておけ。帰宅してからも見直せるようにな」
「帰宅してから見直す必要あります?」
「なんでも復習が大切だ。勉強だってそうだろ。ダンスも同じ。その場限りで上手くなるのは、一部の天才だけだ」
「そう言われると、自分が一部の天才だとは思えないので復習が必要な気がしてきました」
僕は言われた通りに自身のスマートフォンを起動する。そして録画準備が整ったところで、梁取湧人に合図を出した。
「よし、始めるぞ。しっかり見て覚えろよ」
音楽を流した梁取湧人は、河原でダンスを始めた。歌は音痴な彼だけど、ダンスは様になっている。様になっていると言うか、普通に上手い。これで音痴でさえなかったら、アイドルとして活動していても問題が無かったように思える。
それなのに実際はとんでもない音痴なのだから、天は二物を与えず、とはよく言ったものだ。
……いや、綺麗な顔面とダンスで二物は揃っているか。
二曲のダンスを踊り終えた梁取湧人が、ふうと息を吐いた。彼は汗をかいてはいるものの、息は乱れていない。日々筋トレをしているだけはある。
「……と、これがライブで披露しようと思ってるパフォーマンスだ。覚えたか?」
「一回ではさすがに覚えられませんよ。でも……素人の僕にはハードルが高くはないですか?」
梁取湧人は何でもないことのように踊っていたけど、かなり激しいダンスだった気がする。歌いながらあのダンスをこなすことは難しそうだ。
「ハードルが高いってほどのダンスじゃないと思うぞ。練習すれば誰にだって踊れる」
「それは湧人君に才能があるからそう感じるだけだと思いますよ。僕には無理です」
「やる前から弱音を吐かない! まずはやってみる!」
「……確認ですけど、ライブにはいつ出演する予定なんですか?」
「来週末だな!」
無茶が過ぎる。慣れている人なら十分な準備期間なのかもしれないけど、素人がいきなり二週間弱でステージに立つなんて。
「そんなの無謀ですよ、湧人君」
「ライブはあくまでもお前の度胸を付けるためのものだ。ライブ出演も練習の一部と思えば良い。でも練習気分でステージに立つのは許さないからな」
どっちなんだよ!?
ライブには本番として全力で出演しつつ、気持ち的には練習だと感じるくらいリラックスしろ、とかそう言うこと!?
ややこしいわ!!
そもそも。
「気持ちの問題だけじゃないと思いますけどね!? あのダンスを素人が二週間で習得するのは物理的に無茶ですよ!?」
「だから、やる前から弱音を吐くな! 無茶でもやるんだよ!」
ダメだ、ストイックモードに入った梁取湧人は止められない。そのことは、しばらく一緒に過ごして実感した。
「はあ。分かりましたよ。やるだけやってみますけど、出来なくても怒らないでくださいね?」
「出来なかったら怒るに決まってるだろ!」
「理不尽ですね……」




