◆第10話 【side 宮坂明宏】
【side 宮坂明宏】
小説には時々「信頼できない語り手」と呼ばれる者が出てくる。
作品の語り手を務めながら、語る出来事や心情は嘘ばかりで、何一つ信じることの出来ない人物のことだ。
つまり、僕のこと。
「同居してみたいとは思ってたけど、いざするとなると窮屈だな」
ぷはーっと煙草の煙を吐き出す。歌が下手なくせに喉の調子を気にする梁取湧人の前では吸うことの出来ない煙草は、極上の味だった。
「僕は本気でアイドルを目指してるわけじゃないからな。どれだけ喉を痛めても問題ない」
こんな僕の方が梁取湧人よりもずっと歌が上手いと言うのは、皮肉な話だ。
僕の正体は、梁取湧人の異母兄弟。いや、梁取湧人は芸名だから、正しくは高取湧の異母兄弟……まあ呼び方なんてどっちでもいいか。とにかく彼の異母兄弟だ。
ちなみに僕は、梁取の父親と愛人との息子だ。
何の因果か、梁取湧人と僕は同じ年に生まれた。しかし生育環境には天と地ほどの差があった。
梁取の家庭では父親の不倫はバレていないらしく、家族三人で平和に暮らしていた。だから梁取湧人は、僕の存在はもちろん父親に愛人がいることすら知らないはずだ。
一方で僕の家は母親との二人暮らし。梁取の父親から養育費はもらっていたものの、家族団らんとは縁の無い家庭だった。家族と言うより、他人と他人が暮らしているに近い状況だったかもしれない。
そもそも父親も母親も不倫をするようなクズだ。そして僕はクズとクズの子ども、クズのエリートなのだ。平和な家庭になるわけがない。
父親の方は、本当の家族の前では良い父になりきっていたみたいだけど。
「少しだけ運命が違っていたら、梁取湧人と僕は逆の人生を歩んでいたかもしれないのに……そうはならなかった」
もしも梁取の父親――僕の父親でもある――が離婚をして僕の母親と再婚をしていたら、家族三人で暮らしていたのは僕の方だった。
それなのに梁取湧人はその可能性に気付いていないどころか、僕のことを知りもしない。
彼は何も知らずに平和に暮らしていたのだ。
僕はそんな梁取湧人のことが、憎くて恨めしくてたまらない。
「だから近付いたんだ。彼のことを知るために」
彼に近付くだけなら、わざわざ整形をしなくても良い。それでも僕が整形をした理由は、きっと。
「……羨ましかったんだろうな。僕が掴めなかった運命を掴んだ、梁取湧人のことが」
憎くて恨めしくて、何より羨ましかった。
僕ではない、僕だったかもしれない、彼のことが。
僕が掴めたかもしれない運命を着て生きている、彼のことが。
肺までたっぷり煙草の煙を吸い込んでから、吐き出す。
こうすることで、梁取湧人には出来ない贅沢を満喫する。
梁取湧人には、事故で顔面がぐちゃぐちゃになったから整形をしたと言ったけど、あれは嘘だ。顔面が潰れるような事故には、生まれてこのかた遭ったことがない。
僕にはもともと梁取湧人と同じ父親の血が流れている。そっくりとまではいかないが、元からある程度は彼と似た顔つきをしていた。
だから少しずつ顔を整形した。
「このアイドルと同じ顔にしてください」という要望を聞き入れる整形外科医はいない。そもそも土台によっては、いくら整形をしようとも同じ顔にはならない。だけど僕の顔はもともと梁取湧人と似た系統だったし、「鼻を少し高くしてください」「目を二重にしてください」程度の要望だったから、何も疑われずに手術を受けることが出来た。
こうして僕は『梁取湧人』もとい『掴めたかもしれなかった運命』の姿になった。
「梁取湧人が何一つ不自由の無い生活を送ってたら、全部ぶち壊してやろうと思ってたけど……そういうわけでもなさそうなんだよな」
梁取湧人は子どもの頃から芸能界で労働をさせられていたし、今では落ちぶれている。
ぶち壊すまでもなく、恵まれているとは言い難い環境にいる。
「でも、僕よりはマシだな。梁取湧人の母親は、子どもの稼いだ金を貯金してくれるような人だったらしいし」
梁取の母親は、実の子どもをネグレクトする僕の母親よりは、まともな人のように思える。不倫もしないしネグレクトもしなかったに違いない。ステージママだったことには賛否両論あるだろうけど、母親本人を見ていないから何とも言えない。過度な指導をしていたのならどうかとは思うけど、ただ芸能界で活躍する息子を応援していただけなら害は無い。
「……今の梁取湧人が恵まれてないなら、恵まれてるところまで持ち上げてから突き落とすのもアリだな」
一緒に双子アイドルとしての地位を築いてから、全部をぶち壊す。それはきっと、気持ちが良いに違いない。
「同居、か」
自身の住む部屋を見た。四畳半の部屋には荷物が少なく、すぐにでも引っ越しが出来そうな状態だ。
「一緒に住んで、梁取湧人のことをもっと知ろう。そうじゃないと、僕は前には進めない」
僕は最後にもう一度大きく煙草の煙を肺まで吸い込んでから吐き出すと、ベランダから部屋の中へと戻った。
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