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黒曜の軍師と白金の王   作者: *しおり*
少年王子編 番外編

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番外編 カディル 三

「はっははは! 見たかカディル、あの時のジャシムの顔! 獣の牙が鼻先を掠めた瞬間、見事に腰を抜かして水たまりにダイブしたじゃないか!」

「で、殿下ァ! そりゃあないですよ、俺は殿下をお守りするためにわざと低い姿勢を取っただけで……って、痛ぇ! カディル、脇腹突かないでくださいよ!」


 激しい死闘の余韻が残る狭い獣道に、ようやく崩落した岩壁の向こう側から、必死の怒号と金属音が響き渡った。


「殿下――っ! シャムス殿下、ご無事ですかッ!!」


 必死の形相で巨岩の隙間を抉じ開け、泥まみれになって這い出してきたのは、後方に置き去りにされていた辺境警備隊の兵たちだった。彼らは、四人の足元に転がる無数の凶獣の死骸と、血と泥にまみれながらも全員が自立している姿を見て、一瞬言葉を失った。


 次の瞬間、隊長をはじめとする男たちが、文字通り腰を抜かすようにして地面に膝をつき、胸を撫で下ろした。


「ああ……神よ……。我が身に代えても、おいたわしいお姿に……!」

「大袈裟だ。かすり傷を負ったのは私ではなく獣どもの方だよ」


 シャムスが息を乱しながらも、長剣を鞘に収めて豪快に笑う。ワタワタと取り乱して周囲を囲もうとする兵たちを、カディルは無表情のいつもの騎士の顔に戻って手際よく制した。


「殿下、まずは一度、周囲の安全が確保された本陣まで下がります。おい、貴様ら! いつまで腰を抜かしている、周囲の索敵を厳重に行え!」


 カディルの鋭い叱咤に、兵たちは「は、はいッ!」と弾かれたように動き出す。

 そうして数百の護衛部隊に仰々しく厳重に囲まれながら、四人はゆっくりと馬を並べて王都への帰路についた。先ほどまでの死地が嘘のように、彼らの間には他愛のない、けれどかつてないほど晴れやかな空気が流れていた。


「――にしても、言い訳をするな、ジャシム。そもそもお前が索敵を怠ったから奇襲を受けたのだ。……それに殿下! 血だらけの革手袋で私の肩をバンバン叩かないでください。王宮に戻る前にせめて身なりを整えねば、廷臣たちに何と説明すれば……」

「まあまあ、カディル。全員無事に生きて帰れたのだから、今日はそれで良しとしようじゃないか。殿下の仰る通り、ジャシムのあの不格好な飛び込み劇は最高の見ものだったしね」


 ナディームが馬の手綱を引きながら、穏やかな、けれど相変わらず底意地の悪い微笑みで割って入る。


「おいナディーム、お前見てやがったな!? マジで死ぬかと思ったんだからな! あーあ、最悪だ。身体中泥と獣の臭いだらけじゃねぇか。これじゃあ今夜、美味い酒を一杯ひっかけて街の美女を口説きに行くこともできねぇよ」


 ジャシムが馬上でのけ反って大げさに嘆くと、ナディームは手綱を握ったまま、ニヤニヤとした視線を投げかけた。


「口説きに行くのは勝手だけど、手洗いにでも行こうものなら、背後にヤスミンが雑巾を持って立っていて、思いきりどやされるのがオチだと思うよ」

「げぇっ、アイツにバレたらマジで一週間はネチネチ説教される……っ! 殿下、ナディーム、今日のこと、アイツには絶対に秘密にしてくださいよ!?」


必死になるジャシムの姿に、シャムスが声を上げて笑った。

「あはは、善処しよう! だが、ヤスミンにチクったらお前のその慌てる顔が見られると思うと、つい口が滑ってしまいそうだな」

「殿下まで勘弁してくださいよーっ!」


 軽口を叩き合い、時に肩をぶつけ合う彼らの背中を、カディルは一歩後ろから静かに見つめていた。

 頬を掠めた傷がジンジンと痛む。着慣れた軍衣は血と泥で重く汚れている。それなのに、カディルの胸の奥には、今まで知らなかった温かく、力強い人間の鼓動が脈打っていた。


(……この今日の光景を、私は一生、忘れないだろう)


 ただの盾ではなく、一人の人間として、彼らと共に生き、明日も笑う。

 主君から与えられた新しい掟を噛み締めるように、カディルは小さく息を吐いた。


 やがて彼らが大帝国の中枢、王宮グラナダへと帰還した時、城内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 大理石の煌びやかな回廊を歩く四人の姿を見て、留守を預かっていた廷臣や重臣たちが、泡を食って群がってくる。


「シャ、シャムス殿下!? その泥だらけ、血まみれのお姿は一体……!」

「急報にあった崖崩れは真実だったのですか!? 近衛騎士ども、何たる不手際! 殿下に万一のことがあれば、貴様らの首など――」

「静かにしろ。ただの狩りの余興だ。獲物が少々、元気すぎただけだよ」


 重臣たちの悲鳴のような非難を、シャムスは悪びれもせずに片手を振って笑い飛ばした。騒ぎ立てる老人たちをカディルとナディームが鋭い視線で牽制し、彼らを廊下に置き去りにしたまま、四人は足早に王宮の奥へと向かう。


 向かった先は、騒がしい回廊とは打って変わって、柔らかな陽の光が差し込む静かな図書室だった。

 埃っぽい紙の匂いが満ちる窓辺。

 そこには、兄たちの帰還を告げる騒音にも耳を貸さず、重い長剣の代わりに自らの身体ほどもある分厚い歴史書を抱え、静かに息を潜めているもうすぐ十四の少年――第二王子ファリードの姿があった。


「兄上……?」

「ファリード! 留守番ご苦労だったな!」


 シャムスは弟の姿を認めるや否や、満面の笑みで駆け寄り、血の匂いが残る革手袋を外すと大きな手で、ファリードの白金色の髪を容赦なくぐしゃぐしゃに撫で回した。


「わっ……あ、兄上、血が! 本が汚れてしまいます! お怪我はないのですか?」

「はっはは! 私はこの通り五体満足だ!  お前もたまには外で身体を動かさないと、青白いモヤシになってしまうぞ」


 周囲の貴族たちから美しいだけの木偶の坊と見下され、常に日陰にいたファリードにとって、兄とこの騒がしい三人の近衛騎士たちが集まる空間は、この王宮で息のつける憩いの場所だった。


「まあ、お前は剣など振らなくてもいい。この国に必要なのは、お前のその賢い頭だ」


 シャムスは優しく笑い、おでこを指でピンとはじくと弟の華奢な肩を抱き寄せた。


「お前が知識で国を支え、私が剣で外敵を退ける。そして、カディルたちが私たちの背中を守る。……私たちが大人になれば、この大帝国はきっと、誰もが安心して笑える素晴らしい国になる」


「……はい、兄上!」


 おでこを手で押さえて顰めていたファリードの顔に、無邪気で、ぱっと花が咲くような明るい笑顔が広がった。

 その屈託のない兄弟のやり取りを、木漏れ日の中で静かに見守っていたもう一人の人物がいた。


「ふふっ……シャムス殿下。あまりファリード様を子ども扱いしては可哀想ですよ。ファリード様はもうすぐ、十四歳になられるのですから」


 純白のドレスに身を包んだ彼女は、まるで神話の中から抜け出してきた妖精のように、触れれば消えてしまいそうな儚い美しさを湛えている。  

 月の光をそのまま紡いだようなサラサラの銀髪に、深く澄み切った翡翠を埋め込んだような大きな瞳。大輪の白百合か、あるいは磨き上げられた白真珠のように清らかな彼女が微笑むと、図書室の空気が一段と柔らかく華やいだ。


 しかし、シャムスとファリードの亡き母――北方の気高き王妃の面影を、色濃く感じさせる儚げな雰囲気と、そのか弱く守ってあげたくなるような外見とは裏腹に、彼女の胸の奥底には、大帝国の次期王妃としてシャムスの隣に立つにふさわしい、決して折れない気丈で強い芯が秘められていることを、兄弟はよく知っている。


「ルルアか。いや、ファリードはいくつになっても私の可愛い弟だからな」


 シャムスが照れ隠しのように笑うと、ルルアはカディルたちの方へ向き直り、ふわりと優雅に会釈をした。


「カディル様、ジャシム様、ナディーム様。本日の狩猟の儀式、殿下をお守りいただき本当にありがとうございました。皆様に怪我がなくて、安心いたしましたわ」

「っ……勿体なきお言葉にございます、ルルア様」


 二十歳を迎えたばかりの若き近衛騎士たちは、恭しく頭を下げる。カディルは直視することもできず、自身の動揺を隠すように深く視線を落とした。

 カディルにとって、ルルアは絶対に手の届かない、そして触れてはならない高貴な光だった。

 かつて、厳しい稽古で指が裂け、血を流していたカディルに対し、誰もが「盾の傷など名誉だ」と気にも留めなかった中で。

 彼女だけは、自身の美しい絹のハンカチを破って不器用な彼の手を包み込み、「痛みを感じない盾などおりません。もっとご自身を大切になさってください」と、彼を初めて一人の人間として慈しんでくれたのだその日から。


「へへっ、ルルア様のそのお気遣いだけで、俺の疲れも全部吹き飛びますぜ!」  


 無類の美女好きであるジャシムが、ここぞとばかりにだらしなく鼻の下を伸ばし、人懐っこい笑みを浮かべて身を乗り出そうとする。  だが、すかさず隣にいたカディルがその足を思い切り踏みつけ、「不敬だぞ貴様、殿下の御前で鼻の下を伸ばすな」と氷のような両眼で睨みつけた。


「いッてぇ! 踏むことないだろカディルちゃん!」

「あはは、ジャシムは相変わらずだね」  


 ナディームが大弓を背負い直しながら、クスクスと笑う。


「十四歳、ですか」  


 ふと、足をさすりながら顔を上げたジャシムが、昔を懐かしむように目を細めて口を開いた。


「いやぁ……十四歳といえば、我らがシャムス殿下が、王宮を揺るがす特大の伝説を打ち立てられた時期じゃありませんか」

「あはは、確かに」  


 ナディームも楽しげに笑う。


「あの『大温室の白豹騒動』だね。あの時のカディルの慌てようといったら、今思い出しても傑作だよ」 「……貴様ら、思い出したくもないことを。あの時は私の寿命が十年は縮みましたぞ!」  


 普段は鉄面皮のカディルが、この時ばかりは青筋を立てて額を押さえた。


「白豹騒動?」  


 ルルアが小首を傾げると、シャムスは「いや、大したことじゃないんだ」と苦笑いして白金色の髪を掻いた。


「外国から献上された気性の荒い白豹が檻から逃げ出して、庭師たちに襲いかかろうとしたのを、少し木剣でいなしただけでね」

「少し、ではありませんよ!」  


 ジャシムが身を乗り出し、得意げに語り始める。


「俺たち近衛が駆けつけるより早く、当時まだ十四歳だった殿下が、たった一人で木剣を片手に飛び出していったんですからね! しかも見事な体術で白豹の牙を躱し続け、俺たちが網で取り押さえるまで、庭師たちに傷一つ負わせなかった。……おまけに、ご自身は腕から血を流しているのに、腰を抜かした女官たちに向かって『君たちに怪我がなくてよかった』なんて、太陽みたいな笑顔で笑いかけるもんだから」


「あの場にいた女官たち全員が、文字通り顔を真っ赤にして卒倒してしまったからね」  


 ナディームがクスクスと笑いながら付け加えた。


「王宮中の女性陣の間で、殿下の武勇と麗しさが伝説として語り継がれるようになったのは、間違いなくあの日からです」


 十八歳のシャムスを囲む、悪友たちの気安い、けれど確かな敬意と誇りに満ちた昔話で図書室に温かい笑い声が響く中。  

 ファリードだけが、一人、スッと伏し目がちに視線を落としていたのを、誰も気づくことはなかった。


*


 陛下や重臣たちが居並ぶ謁見の間での、仰々しい公式報告がようやく終わった。衣服にこびりついた獣の血と泥を洗い流し、ラフな仕立ての王族の衣装に着替えたシャムスたちは、西陽の差し込む高層の談話室へと場所を移していた。


 カディルとナディームもまた、窮屈な儀礼用の軍衣から、身軽な平時の隊服へと着替えている。張り詰めた緊張から解放された室内には、夕暮れ時の穏やかな空気が満ちているはずだった。


 ――すぐ近くにある、ガラス張りの温室からあの騒がしい声が響いてこなければ。


「痛い痛い! 悪かったってヤスミン、マジで耳引っ張るのだけは勘弁! 俺の本命はお前だけだって!」

「嘘おっしゃい、この泥ガエル! 辺境の踊り子に鼻の下を伸ばしていたって、ナディーム様から全部聞いてるんだからね!」


 談話室の開け放たれた窓から、ジャシムの情けない悲鳴とヤスミンの怒声が丸聞こえになっていた。

 ナディームが「おや、口が滑ってしまったかな」と、白茶の入った磁器の杯を傾けながら、わざとらしく小首をかしげる。カディルは深くため息をつき、閉口したように眉間を押さえた。


「……あいつらは、本当に場所を選ばんな」


 シャムスが窓辺に寄りかかり、喉の奥で楽しげに笑う。だが、その金色の瞳から「気の良い悪友」の光がふっと消え、理知的な王族の色彩へと変わったのは、一瞬のことだった。


「先ほどの公式の場では『不運な事故』で通したが。……カディル、実際のところ、叔父上の息がかかった辺境警備隊の動きをどう見た」


 落とされた低い声に、談話室の空気がスッと冷える。


「不自然極まりありません」


 カディルは窓の外の騒音を遮断するように声を潜め、主君を見据えた。


「本来の巡回ルートを外れ、我々の兵が加勢に回れないよう退路を完全に塞ぐ配置をとっていました。偶然の不手際などとは、到底思えません」


「同感だね」


 ナディームが静かに杯をテーブルに置く。


「彼らが巨岩の崩落と狂乱した獣の群れを事前に知っていたとすれば、あの配置は、僕たちをあそこで確実に嬲り殺しにするための誘導だったと見ていい」


 シャムスは何も言わず、窓の外――王宮の東側、叔父マレクの派閥が占める豪奢な区画を冷ややかに見つめた。西陽に照らされたその横顔は、大帝国を背負う者にふさわしい、峻厳な陰影を帯びている。


 大理石の回廊から少し奥まった場所にあるこの高層の談話室は、普段であれば王族やその側近たちにとって、肩の力を抜いて過ごせる数少ない「憩いの場」であった。


 公務の合間に抜け出してきたシャムスが長椅子で無防備な昼寝を貪り、ルルア姫が持ち込んだ茶菓子を囲んで穏やかに語り合い、時にはジャシムたち悪友四人でダラダラと寝転がってくだらない賭け事に興じる。そして部屋の隅の特等席では、いつもファリードが分厚い本に顔を埋めて静かに過ごしている――そんな、温かく平和な鳥籠のような空間だ。


 だが、今日の談話室には、いつものような陽気な笑い声はなかった。


「最近、王都の武器庫から大量の鋼が消えているという噂もある。叔父上は、父上の寛容な政治を『弱腰だ』と諸侯に触れ回っているからな」


 シャムスは鋭い理知の光を宿した金色の瞳を伏せ、大きな長椅子で身を小さくしている弟を見つめた。


 ファリードの膝の上には、歴史書ではなく、最近東方の商人から献上されたという『異国の珍しい植物と薬草の図鑑』が広げられていた。剣術の稽古よりも、温室の植物や書物の知識に夢中な、鳥籠の中の第二王子。


「ファリード。お前もその図鑑ばかりでなく、少し私に力を貸してくれないか。叔父上の周辺の貴族たちの、最近の金の流れを洗ってほしい」

「えっ……私が、ですか?」


 不意に名前を呼ばれ、ファリードは驚いたように琥珀色の目を丸くした。図鑑のページを押さえるその指先には、カディルたちのような分厚い剣ダコなど一つもなく、透き通るように白くて細い。


「ああ。叔父上の派閥の者たちは、お前を『ただの読書好きで無害な王子』だと侮っている。だからこそ、お前なら自由に書物庫や出納局に出入りしても怪しまれない」


 シャムスは真っ直ぐに弟を見据え、力強く頷いた。


「お前のその賢さが、今の私には必要なんだ」


 誰よりも慕う兄から「お前が必要だ」と明確に一任されたことが、隠しきれない喜びの灯火となって、ファリードのあどけない顔にパッと広がっていく。


「はい、兄上……! 叔父上の抱える私兵の食糧調達ルートから、不審な点を調べてみます。裏で大量の兵を動かしているなら、必ず市場の穀物の流通に歪みが出るはずですから」

「ああ。頼りにしているよ、ファリード」


 シャムスが弟の白金色の髪をぐしゃりと撫でると、ファリードは気恥ずかしそうに、けれど誇らしげに口元を綻ばせた。


 カディルはその光景を静かに見つめる。次期国王のシャムスは、決してただ明るいだけの能天気な王子ではない。迫り来る毒の影を誰よりも早く察知し、弟の知恵と近衛の武力を適材適所に用いて政情を正そうとする、確かな「王の器」であった。


「シャムス様……」


 ふと、談話室の扉が静かに開いた。

 入ってきたのは、来月シャムスと婚姻を結ぶ予定の隣国の姫君、ルルアだった。侍女を遠ざけ、ただ一人で彼らのもとへ歩み寄ってくる。


「無茶をなさらないでください。貴方にもしものことがあれば、私は……」


 ルルアの白い手が、わずかに震えていた。政略結婚という冷たい枠組みから始まった二人の関係だったが、頻繁に面会を重ね、言葉を交わすうちに、そこには打算ではない確かな情愛が育まれていた。


「心配しすぎるな、ルルア」


 シャムスは歩み寄り、彼女の震える両手を、優しく、けれど有無を言わさぬ強さで包み込んだ。

 安心させるように主君が目を細めると、ルルアもまた、張り詰めていた糸が切れたようにふっと微笑み返し、その大きな手を両手で握り返した。


「私が必ず、お前とこの国を守り抜くよ。約束だ」


 カディルは、少し離れた壁際に立ち、その光景を静かに網膜に焼き付けていた。

 互いを慈しみ合う完璧で美しい二人と、兄の背中を見上げる聡明な弟。そして、いまだに遠くからかすかに聞こえる、悪友の騒がしい空気を読まない怒鳴り声。

 カディルは無意識のうちに、自身の腰の剣柄を、指が白くなるほど固く握りしめた。


(私が守る。この完璧な太陽と、彼が心から愛する白真珠の姫君を。……この命に代えても)


 窓から差し込む黄金色の夕陽が、談話室を、彼らの姿を、まるで一枚の美しい絵画のように温かく照らし出していた。

 彼らがいれば、シャジャル帝国は末長く安泰であり、この黄金の日々は永遠に続く。王宮の誰もが、そう信じて疑わなかった。


 ――だが。

 シャムスが察知していたマレクの毒牙は、彼らが想像するよりも遥かに深く、冷酷に、王宮の根元を腐らせていたのだ。

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