切り捨てられたもの
違和感は、最初は小さかった。
放課後。
ひなたと一緒に帰る途中、彼女が急に足を止めた。
「……あれ?」
声が、少しだけ掠れている。
「どうしたの?」
「なんか……急に、寒くなった気がして」
季節外れの言葉だった。
日はまだ高く、風も穏やかだ。
それなのに、ひなたは自分の腕を抱え、顔色を悪くしている。
「ちょっと、座ろ」
私は慌てて、公園の縁に彼女を座らせた。
その瞬間。
胸の奥が、きしんだ。
——見鬼の感覚。
前とは、質が違う。
雑で、荒くて、感情がむき出しのような気配。
私は周囲を見回す。
視線を凝らすと、公園の外れ、目立たない場所に置かれた“何か”が見えた。
結界は、ない。
隠そうとしていない。
むしろ——
「……焦ってる」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
「穂乃香……ちょっと、気持ち悪い……」
ひなたの声が小さくなる。
私は、反射的にスマホを取り出した。
恒一に連絡を入れようとして——
その前に。
紙が、動いた。
空気の中から、白い紙片が浮かび上がる。
折り畳まれたそれは、迷いなく、ある一点へ向かって飛んでいく。
——紙兵。
恒一の術だ。
つまり。
こちらが感知したと同時に、向こうも把握している。
私は、ひなたの肩を支えながら、必死に周囲を警戒した。
幸い、“何か”はそれ以上動かなかった。
ただ、生命力を抜く宝貝が、乱暴に稼働しているだけ。
まるで、
——やけくそ。
数分後。
空気が、変わった。
圧が、上から落ちてくる。
静かで、鋭くて、迷いのない気配。
「……遅れた」
低い声。
清磬だった。
恒一も、その隣にいる。
状況を一目で把握し、清磬の視線が、宝貝に向く。
「結界外で、これか」
声に、明確な温度が宿っていた。
「切り捨てられたな」
恒一が、短く言う。
「だろうな」
清磬は一歩、前に出る。
これまでと違う。
慎重でも、様子見でもない。
「——ここからは、踏み込む」
断定だった。
「混在側が、下を切った」
宝貝を見下ろしながら、清磬は続ける。
「だから、制御がない。
だから、被害が出る」
視線が、ひなたに向いた。
一瞬だけ。
そして、すぐに逸らされる。
「許容範囲を超えた」
それは、清磬なりの“怒り”だった。
次の瞬間。
宝貝は、音もなく砕け散った。
残ったのは、不完全な術式の残骸だけ。
恒一はすぐにひなたを確認し、命に別状がないことを確かめる。
「大丈夫だ。
抜かれた分は戻る」
「……ごめん」
ひなたが、か細く言った。
何に対しての謝罪か、分からないまま。
私は、ただ、二人を見ていた。
清磬は、もう一歩前に出ている。
恒一の隣で。
今までより、明確に。
私は理解した。
切り捨てられた下っ端が暴れたことで、状況が変わった。
そして。
清磬は、もう引かない。
混在は、こちらを“面倒な存在”として認識した。
——この先は、戻れない。
それだけが、はっきりと分かった。




