線の向こう側
放課後の校舎は、少しざわついていた。
噂が増えている。
場所も、症状も、ばらばらで、どれも決定的じゃない。
でも、「似ている」。
その違和感を、恒一も感じているのは分かっていた。
だから、私は――いつもの場所に向かった。
廊下の先。
恒一と、清磬。
二人は、並んで立っていた。
距離が、近い。
話している内容は聞こえない。
でも、雰囲気で分かる。
――突き合わせている。
噂。
情報。
紙兵の報告。
清磬が昼間に歩いて得た、地形の感覚。
恒一が持っている紙の上に、清磬が、迷いなく指を置く。
「ここだ」
はっきりした声。
指先が示した場所は、私が今朝聞いた噂の地点と、重なっていた。
「……確かに」
恒一が、短く息を吐く。
「点じゃないな」
「線だ」
清磬は、即答する。
「結界の癖が、連動している」
――あ。
その瞬間、私は気づいた。
清磬は、もう一段、踏み込んでいる。
ただ分析しているんじゃない。
ただ隣にいるんじゃない。
恒一の判断に、自分の判断を重ねている。
「ここを潰せば、次が見える」
清磬の声は、淡々としていた。
でも、その言葉は――はっきりとした“提案”だった。
恒一は、少しだけ考えてから、頷く。
「……そうだな」
否定はない。
修正もない。
二人の間で、決定が、自然に成立してしまった。
私は、その場に立っていた。
でも。
話の輪には、入っていない。
呼ばれていない。
必要とされていない。
それが、はっきり分かる。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
――違う。
違う、はずだ。
私は、ただの一般人だ。
守られる側でいい。
危ないことに関わらない方がいい。
分かっている。
分かっているのに。
二人の距離が、近づいているのを見るのが、こんなにも苦しいなんて、思わなかった。
清磬が、恒一の隣に立つ。
迷いなく。
当たり前のように。
そこは――私が、無意識に居た場所だった。
奪われた、とは思いたくない。
そんな言葉を使うのは、ずるい気がする。
でも。
気づいたら、私は自分の居場所を探していた。
どこに立てばいいのか。
何をすればいいのか。
分からない。
胸の奥が、ひどく痛む。
誰かに寄りかかりたい、そう思ってしまう自分を、必死で否定する。
――依存なんて、してはいけない。
そう思えば思うほど、足元が、不安定になる。
けれど、彼に『行かないで』と縋りたい自分を殺すたびに、私の足元から体温が消えていく。眼鏡の奥で、視界がまた少しだけ冷たく歪んだ。
清磬が、ふとこちらを見る。
一瞬だけ。
感情のない瞳。
でも、何かを測るような視線。
その視線が、私を“下”に置いたままだと、はっきり分かってしまった。
私は、息を整える。
笑顔を作る。
大丈夫なふりをする。
でも。
胸の奥に残った痛みは、消えてくれなかった。




