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広がる話、縮まらない距離

 朝の教室は、ざわついていた。


 いつもより少しだけ、理由の分からない落ち着かなさがある。


「ねえ、聞いた?」


 ひなたが、隣の席から声を落とす。


「何を?」


「◯◯駅の近く。

 昨日、人が倒れたんだって」


 私は、思わず顔を上げた。


「え、あそこも?」


「“も”?」


 しまった、と思う前に、ひなたはすでに続けている。


「他にもさ、商店街の裏とか、

 川沿いの遊歩道とか」


 出てくる地名が、ひとつ、またひとつ。


 どれも、少し人通りがあって、でも、目が届きにくい場所。


「気分悪くなったとか、

 急に立てなくなったとか」


「……」


 私は、ノートを見つめたまま聞いていた。


 点が、増えている。


 それだけで、十分すぎるほどだった。


「偶然だよね?」


 ひなたは軽い口調だ。


「最近、暑いし」


「……そうだね」


 そう答えながら、胸の奥が、じわりと冷える。


 偶然にしては、揃いすぎている。


 休み時間。


 廊下で、別のクラスの会話が聞こえる。


「友達の友達がさ――」


「救急車来たって」


「原因不明らしいよ」


 同じ話。


 場所だけが、違う。


 それはもう、“点”じゃなかった。


 昼休み。


 校門の方が、少し騒がしい。


 人だかりの向こうに、見慣れた姿があった。


 立花君。


 誰かに話しかけられている。


「ねえ、立花君」


 声の主は、知らないクラスの女子だ。


「秋月さんと、別れたの?」


 その言葉に、胸が、きゅっと縮む。


「……何で?」


 立花君は、少し困ったように聞き返した。


「最近、一緒にいないから」


「あ、いや」


 曖昧に笑って、視線を逸らす。


「忙しいだけだよ」


 それ以上、何も言わない。


 それで、話は終わった。


 私は、その場から動けなかった。


 忙しい。


 それは、嘘じゃない。


 でも。


 その言葉の中に、私の居場所は含まれていない気がした。


 放課後。


 清磬の姿は、見えない。


 聞けば、昼間は一人で歩いているらしい。


 街を。

 坂を。

 川を。


 地形を、覚えるために。


 合理的で、正しい行動。


 その正しさが、少しだけ、遠い。


 教室を出る前、ひなたがぽつりと言った。


「ねえ」


「何?」


「……最近さ」


 言い淀んでから、小さく笑う。


「なんか、

 大事なもの取られたみたいな顔してるよ」


 心臓が、跳ねた。


「そんなこと――」


 否定しようとして、言葉が止まる。


 何が、取られたんだろう。


 いつからだろう。


 分からない。


 でも。


 噂は、広がっている。


 距離は、縮まらない。


 それだけは、

 はっきりと分かった。


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