ズルいという言葉
昼休み。
教室は、いつも通り騒がしかった。
誰かの笑い声。
机を引く音。
窓から入る、少し暖かい風。
全部、変わらない。
なのに、
私だけが落ち着かない。
朝から、何度も思い出してしまう。
――儚げな少女。
――恒一のすぐ隣。
考えないようにしても、
浮かんでは消えない。
「……どうしたの?」
ひなたが、私の顔を覗き込んできた。
「元気ないね」
「……そう?」
自分では、普通にしているつもりだった。
「うん。
なんかさ」
ひなたは少し考えてから、
あっさり言った。
「大事な物、取られたみたいな顔してる」
心臓が、きゅっと縮む。
「……取られてないよ」
反射的に否定した。
だって、
何も奪われていない。
誰のものでもなかったはずだ。
「そっか」
ひなたは、深追いしない。
でも、そのまま続けた。
「じゃあさ」
一拍。
「“取られるかもしれない”って思った?」
言葉が、胸に落ちる。
音もなく。
私は、何も言えなかった。
ひなたは、私の沈黙を見て、少しだけ笑った。
「それ、ズルいよ」
「……え?」
「自分でも分かってないくせに、
ちゃんと独占欲あるところ」
冗談みたいな口調。
でも、
逃げ場はなかった。
ズルい。
その言葉が、
頭の中で、何度も反響する。
――ズルい。
誰に対して?
自分に。
私は、何も選んでいない。
何も言っていない。
でも、
失うのは嫌だと思っている。
それを、
なかったことにしようとしていた。
「……私」
口を開いて、
言葉が出てこない。
ひなたは、肩をすくめた。
「ま、いいじゃん」
「そういうの、
気づいた時点で半分終わってるし」
「……半分?」
「残り半分はさ」
ひなたは、窓の外を指差した。
「どうするか、でしょ」
チャイムが鳴る。
昼休みが、終わる。
私は、席に戻りながら考える。
――ズルい。
言ってしまった。
認めてしまった。
でも。
それが、
何を意味するのかは、
まだ分からない。
ただ一つだけ、
はっきりしている。
もう、
「何とも思ってない」ふりは、
できなくなった。




