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静かな侵食

 最近、校内の雰囲気が少し変わった。


 騒がしいわけでも、

 何か事件が起きたわけでもない。


 ただ。


 先生たちが、妙に綺麗になっていく。


「……また変わった?」


 廊下で擦れ違った英語の先生を見て、

 思わず足を止めた。


 髪型。

 化粧。

 服装の雰囲気。


 どれも派手ではない。


 でも、前と同じではない。


「気のせいかな……」


 そう思おうとして、

 やめた。


 この学校では、

 気のせいで済まないことが多すぎる。


 職員室の前を通ると、

 聞き慣れない声が聞こえた。


「ええ、ちょっと整えるだけで全然違いますよ?」


 師姉だ。


 相変わらず、

 制服とは言い難い格好で、

 教師陣の輪の中心にいる。


「無理に変えなくていいんです。

 元が良いんですから」


 その言い方が、ずるい。


 否定せず、

 持ち上げすぎず、

 でも確実に相手の心を掴む。


 先生たちは、

 半信半疑の顔をしながらも、

 どこか楽しそうだった。


「……浸透してる」


 私は、小さく息を吐いた。


 美容。

 身だしなみ。

 自己肯定感。


 切り口が、完全に人間社会向けだ。


 その日の放課後。


 昇降口で恒一を待っていると、

 亮が近づいてきた。


「立花君、今日は一緒に帰るの?」


 相変わらず、

 距離の取り方は丁寧だ。


「うん」


 恒一が短く答える。


 その横で、

 亮は一瞬こちらを見て、

 すぐに視線を戻した。


「……秋月さんも?」


「え、うん」


 名前じゃない。


 その呼び方に、

 少しだけ安堵する。


「この前さ」


 亮は、どこか楽しそうに言った。


「萃華さんって、甘いもの好きなのかなって」


「……は?」


 恒一が、少しだけ間を置いた。


「本人に聞けばいいだろ」


「それはそうなんだけど!」


 亮は笑う。


「なんかさ、

 何が好きか考えるの楽しくて」


 その言い方は、

 浮ついてはいるけれど、

 危うさはない。


 ただ、

 舞い上がっているだけだ。


 その時だった。


「天風立華」


 背後から、

 凛とした声がした。


 清磬だ。


 振り返ると、

 人目を気にしない距離で立っている。


 放課後の昇降口。


 完全に、目立つ。


「……まただ」


 周囲の視線が集まるのを、

 肌で感じる。


「話がある」


 清磬は、簡潔に言った。


 恒一は頷く。


「分かった」


 それだけ。


 亮は、一瞬だけ固まった。


「……あの、立花君?」


「悪い」


 恒一は、いつも通りの声で言う。


「また今度な」


「う、うん……」


 亮は、少し名残惜しそうだった。


 清磬は、

 私を一度も見ない。


 視線すら、向けない。


 それなのに。


 空気が、重くなる。


 私の胸の奥が、

 きゅっと縮む。


 理由は、分かっている。


 分かっているから、

 余計に厄介だ。


 師姉は教師陣へ。

 清磬は恒一の隣へ。


 噂は、

 何もせずとも、

 勝手に強くなっていく。


 私は、その中心から、

 一歩外れた場所に立っていた。


 ――まだ。


 でも、その距離が、

 前よりも、

 確実に気になるようになっていた。

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