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同じ教室の距離

 転校生が来る。


 朝のホームルームでそう聞いた時、正直、どうでもいいと思った。

 教室の雰囲気が少しざわつく。誰が来るのか、どんな人か。そんな話題で盛り上がれるほど、私は社交的じゃない。


 黒板の前に立った担任が、扉の方を見た。


 「じゃあ、入って」


 扉が開く。


 入ってきたのは――少年だった。


 一瞬、息が止まる。


 小柄で、童顔。

 年齢は……たぶん、同じくらい。


 なのに。


 見覚えがあった。


 心臓が、嫌な音を立てる。


 ――あの夜。


 帰り道。

 風が通って、世界が軽くなった、あの瞬間。


 「立花恒一です。よろしくお願いします」


 声は落ち着いていて、抑揚が少ない。

 変に気取ってもいないし、愛想を振りまく感じでもない。


 ただ、淡々としている。


 席は、私の斜め後ろだった。


 近い。

 でも、振り向けない。


 授業が始まっても、彼は特別なことをしなかった。

 ノートを取り、話を聞き、指名されれば普通に答える。


 私の方を見ない。

 話しかけてもこない。


 ……それが、少しだけ安心で、少しだけ寂しかった。


 英語の授業で、空気が変わった。


 ALTの先生が入ってきて、いつものように明るく話し始める。

 クラスは、いつもの反応だ。聞き取れたり、取れなかったり。


 その中で。


 「Oh, you’re new here? Nice to meet you.」


 先生が、転校生に声をかけた。


 「Nice to meet you too. Thank you for having me.」


 返事が、自然すぎた。


 え、と思う間もなく、会話が続く。


 発音も、速度も、冗談の受け方も。

 全部、同じレベル。


 クラスが、静まり返る。


 「……え?」


 誰かが、小さく声を漏らした。


 私は、ただ見ていた。

 呆然と。


 この人、何者なの。


 でも、英語ができるからじゃない。

 すごいからでもない。


 違和感が、消えない。


 授業が終わっても、彼は騒がれなかった。

 少し距離を置かれ、少し敬遠されている。


 それでも、彼は気にしていない様子だった。


 私は、机に手を置いたまま、考える。


 ――お礼を、言わないと。


 あの夜。

 助けてもらった。


 名前も知らないまま。

 何も聞けないまま。


 善性が、私を突き動かす。

 でも、足が動かない。


 話しかけたら、どう思われる?

 変に思われたら?


 視線だけが、何度も背中に向かって、戻る。


 結局、昼休みになっても、私は席を立てなかった。


 ――また、同じだ。


 溜め込んで、何も言えなくなる。


 

放課後。

 静かな廊下の端で、立花恒一はスマートフォンを見下ろしていた。


 着信表示。


 ――萃姉。


 嫌な予感しかしない。


 通話ボタンを押した瞬間、耳元で声が炸裂した。


 「ちょっと!!」


 鼓膜が悲鳴を上げる。


 「何よ“保護者”って!!

 私、独身よ!?

 ど・く・し・ん!!」


 恒一は、深く息を吸った。


 「……ご迷惑をお掛けし、申し訳ありません。師姉」


 「謝れば済むと思ってるでしょアンタ!?」


 「思っておりません」


 即答だった。


 「だいたいねぇ!」


 怒号が続く。


 廊下の窓から、夕日が差し込んでいる。


 恒一は、スマートフォンを耳に当てたまま、静かに立っていた。


 姉には、勝てない。


 それでも。


 学校という場所で、

 物語は、確かに動き始めていた。

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