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集まる場所

 転校初日は、滞りなく終わった。


 恒一は、必要以上に目立たず、必要なことだけをこなした。

 挨拶は簡潔に。

 質問には答える。

 雑談には、深入りしない。


 学校という場所は、久しぶりだった。


 だが、違和感はない。


 ここは、人が集まる。

 長い時間を過ごし、感情を溜め込み、吐き出し、また溜め込む。


 ――そういう場所だ。


 意識が集まれば、澱も生まれる。

 強いものではない。

 せいぜい、形を保てるかどうかという程度。


 恒一は、教室の空気を静かに読む。


 いる。


 数は多い。

 だが、どれも小さい。


 鬼と呼ぶには幼く、妖魔と呼ぶには弱い。

 人に直接害を成すほどの力はない。


 放っておけば、自然に散る類だ。


 だが。


 弱っている人間。

 眠れていない者。

 気力を削られている者。


 そういう存在には、寄ってくる。


 まして――

 自分たちの存在を、感じ取れてしまう人間がいれば。


 昼休み。

 廊下の隅に、影が一つ揺れた。


 誰も見ていない。

 だが、確かにそこにいる。


 小鬼だ。

 形は曖昧で、輪郭も定まらない。


 ちょっかいを出すだけ。

 耳元で囁く。

 嫌な夢を見せる。

 気分を落とす。

生乾きの埃のような、微かな淀み。


 それ以上のことは、できない。


 ――だから、厄介だ。


 害が小さい分、見過ごされる。

 見過ごされる分、溜まる。


 恒一は、机に手を置いたまま、小さく息を整えた。


 ──静風詠(せいふうえい)


 声には出さない。

 場を整えるだけでいい。


 空気が、わずかに軽くなる。

 影は、居心地が悪くなったように揺れ、消えた。


 これで、今日は十分だ。



 放課後。


 鞄を持ち、廊下を歩いていると、背後から小さな足音が近づいてくる。


 ――来る。


 足取りが、分かる。


 「……あの」


 声が、震えている。


 恒一は足を止め、振り返った。


 そこにいたのは、眼鏡の少女だった。

 朝から、何度も視線を感じていた相手。


 無理もない。


 彼女は、感じ取っている。

 小物とはいえ、ここに集まるものを。


 「……昨日は」


 一度、言葉が詰まる。


 それでも、逃げない。


 「助けて、くれて……ありがとうございました」


 深くはない。

 だが、誠実な礼だった。


 恒一は、ほんの一瞬、考えた。


 ここで名乗るべきか。

 関わるべきか。


 ――まだ、早い。


 「いえ」


 それだけ答え、軽く頭を下げる。


 踏み込まない。

 突き放さない。


 ちょうどいい距離を、選ぶ。


 少女は、ほっとしたように息を吐いた。

 それだけで、十分だった。


 学校という場所は、意識が集まる。

 だからこそ、歪みも集まる。


 だが、同時に――

 人が、人として踏みとどまる理由も、ここに集まる。


 恒一は、そう判断していた。


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