言葉にならないもの
夜は、静かだった。
紙兵たちが戻るまで、
特にやることはない。
地図と資料は机の上に広がったまま。
清磬と恒一は、並んでそれを見ている。
私は、少し離れた椅子に座っていた。
その時だった。
胸の奥が、わずかにざわつく。
音でも、匂いでもない。
見鬼としての感覚。
――何かが、ずれている。
場所は、地図の外。
でも、完全に無関係とも言い切れない。
説明しようとすると、
言葉が途中で途切れる。
違う。
怖い、でもない。
危険、でもない。
ただ。
“嫌な静けさ”。
「……」
口を開きかけて、閉じる。
今の感覚を、どう言えばいいのか分からない。
その間に、紙兵の一体が、音もなく戻ってきた。
床に降り立ち、形を保ったまま動きを止める。
恒一が近づき、指先で紙兵に触れる。
紙が、ほどける。
中から現れたのは、いくつかの情報をまとめた簡易な符。
「……なるほど」
恒一が、低く言った。
「一致したな」
清磬も覗き込む。
「この地域か」
地図の一点を指でなぞる。
私が、さっき違和感を覚えた方向と、重なっていた。
言葉にできなかったものが、形を持って現れる。
「……そこ」
思わず、声が出た。
二人が、同時にこちらを見る。
「私も、そこ」
それ以上、説明できない。
でも、清磬は一瞬だけ考え、静かに頷いた。
「感覚的な一致だな」
否定しない。
評価もしない。
ただ、事実として受け取る。
「参考にはなる」
それだけ言って、また地図に視線を戻す。
話は、前に進む。
私は、少しだけ息を吐いた。
――通じた。
完全じゃないけど、無視されなかった。
その直後。
清磬が、自然な動作で一歩寄る。
恒一のすぐ横。
さっきより、距離が近い。
資料を見るため、という理由は成立する。
でも。
肩が、触れそうだった。
清磬は、特に意識していない様子で言う。
「このまま、ここを基点にしよう」
「分かった」
恒一も、特に何も言わない。
否定もしない。
調整もしない。
私は、その光景を見ていた。
頭の中では、
――甘えてる。
そう思う。
でも、その言葉を、清磬本人に向けて使う気にはなれない。
本人が、分かっていない。
それが、はっきり伝わってくるから。
宝貝は、相変わらず沈黙している。
命の危機は、ない。
それなのに。
胸の奥で、また一つ、違和感が増えた。
今夜は、これ以上進まない。
でも、距離だけは、確実に詰まっていた。




