夜の準備
夜になると、家の空気が少し変わる。
昼間は生活の匂いが強い場所なのに、灯りを落とし、カーテンを引くと、ここが“調査の拠点”になる。
清磬は、迷いなく机に向かった。
地図を広げ、古い資料と新しい印刷物を並べる。
新聞の切り抜き。
ネット記事の要約。
行方不明、不可解な事故、説明のつかない現象。
「これと、これ」
清磬は指で示す。
「関連性がある可能性が高い」
声は平坦だ。
感情の起伏は、相変わらず読み取れない。
「まだ確定じゃない」
恒一が補足する。
「だから、今夜は調べるだけだ」
「了解した」
清磬はすぐに頷く。
無駄なやり取りがない。
恒一は、棚から紙束を取り出した。
一見すると、ただの和紙。
でも、指先で軽く撫でると、紙は静かに形を変え始める。
人の形。
動きのある輪郭。
紙兵。
「これを出す」
恒一は淡々と言った。
「夜のうちに、動かせる範囲を調べさせる」
「効率的だな」
清磬の評価は短い。
そして、当たり前のように、恒一のすぐ横に立った。
距離が近い。
地図を見るため、という理由は成立する。
でも、それだけじゃない気がした。
私は、少し離れた位置に座っていた。
机の端。
資料の山の、外側。
役割がないわけじゃない。
でも、今はまだ、はっきりしない。
「最近のニュース、これも」
私は、一枚の紙を差し出す。
清磬は受け取って目を通し、特に表情を変えずに言った。
「記録しておく」
それだけ。
評価も、否定もない。
紙兵たちは、静かに部屋を出ていった。
夜の闇に溶けるように。
宝貝は、沈黙している。
危険はない。
今は、ただ調べる時間。
なのに。
清磬と恒一の間にある空気は、不思議と落ち着いて見えた。
長い時間、そうしてきたみたいに。
私は、その様子を、少し離れた場所から見ていた。
見鬼としてでも、ただの人間としてでも。
どちらでも、同じように。
今夜は、何も起きない。
でも。
静かな夜ほど、距離は、はっきりと見える。




