合理という名の距離
清磬が戻ってきたのは、思っていたより早かった。
符に報告してくる、とは聞いていたけれど、その言葉通り、ほとんど間を置かずに現れた。
庭先に立つ姿は、前と変わらない。
無駄のない動き。
迷いのない足取り。
「報告は終えた」
それだけ言って、室内に入ってくる。
「では、調査を始めよう」
即断だった。
準備期間、という概念がないみたいに。
「……昼間は無理だ」
恒一が言う。
声は落ち着いている。
「昼は学校がある。
動けるのは、夜になる」
清磬は一瞬だけ考える素振りを見せた。
「なるほど」
納得は早い。
「では、夜はこちらに来る。
その時間帯から調査を開始しよう」
話は、自然に進んでいく。
私は、ただ聞いていた。
「……ところで」
清磬が、ふと視線を動かす。
「天風立華は、ここで寝泊りしていないのか」
問いは、淡々としていた。
探るような響きはない。
「別宅がある」
恒一は、特に隠す様子もなく答える。
「普段は、そちらで寝ている」
その言葉を、私は黙って聞いた。
知っていたはずの事実。
でも、改めて口にされると、少しだけ形が変わる。
「……そうか」
清磬は、数秒黙り込んだ。
それから、独り言のように言う。
「なら、私もその場所を拠点にした方が効率がいいな」
誰に向けた言葉でもなかった。
許可を求めるでもなく、配慮を示すでもない。
ただの、判断。
空気が、わずかに変わる。
私は、何も言わなかった。
言えなかった、ではない。
言う立場が、どこにも見当たらなかった。
清磬は、もう恒一の隣に立っている。
距離が近い。
自然な配置。
まるで、最初からそうであったかのように。
恒一は、すぐには答えなかった。
一瞬だけ考え、それから小さく息を吐く。
「……合理的だな」
否定ではなかった。
受諾でもない。
ただ、事実としての評価。
清磬は、それで十分だという顔をする。
「無駄な移動は減らしたい。
目的は、調査だ」
そこに、私の存在は含まれていない。
外されている、という感覚すらなかった。
最初から、数に入っていない。
机の上に置いたキーホルダーは、静かなままだ。
反応はない。
危険は、ない。
命の危機でもない。
それなのに。
胸の奥で、何かが、ひとつ、定位置からずれた。
夢で見た光景が、現実に重なる。
遠くに感じていたはずの距離が、今は、はっきりと形を持ってそこにあった。
私は、ただそれを見ていた。
見鬼としてでも、そうでなくても。
見えてしまうものは、変わらない。




