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守るための距離

 師姉の家の居間は、いつも通りだった。


 畳の匂いも、差し込む光の角度も、変わらない。

 変わらないはずなのに、今日は少しだけ落ち着かない。


「じゃーん」


 師姉が、楽しそうな声を出した。


 その手に抱えられていたのは――衣装だった。


「一応ね、防御用。ほら、動きやすいし」


 どう見ても、コスプレ衣装だった。


 色も形も、どこかファンシーで、

 “戦う”とか“守る”とかいう単語から、少し遠い。


「……え?」


 思わず、間の抜けた声が出る。


 師姉は真剣な顔で、うんうんと頷いている。


「見た目って大事なのよ。

 気分も上がるし」


「師姉」


 恒一が、静かに声を挟んだ。


 責めるでもなく、呆れるでもなく、

 ただ事実を指摘するみたいに。


「それは、違う」


 師姉は一瞬きょとんとしてから、

 「あ、そっか」とあっさり引っ込めた。


「じゃあ、こっちね」


 今度は、ずいぶん小さなものだった。


 掌に収まるサイズの、キーホルダー。

 シンプルで、拍子抜けするくらい普通。


「防衛宝貝だ」


 恒一が言う。


「危険を感知したら、俺に警告が飛ぶ。

 同時に、疑似兵が出て、時間を稼ぐ」


「疑似兵?」


「……見た目は、師姉の趣味だ」


 その言い方に、師姉が得意げに笑う。


「可愛いわよ?」


 可愛い、らしい。


「一度使ったら、充填が必要だ。

 万能じゃない」


 恒一は、そう言って、私の手にキーホルダーを置いた。


 軽い。


 これで、本当に守れるんだろうか。

 そう思うくらいには、軽かった。


「だから」


 恒一は、一歩下がる。


 ほんの一歩。


 でも、今までより、確かに遠い。


「これからは、少し離れる」


 言葉は淡々としている。


「常に隣にいる必要はなくなった」


 ……そうか。


 それは、正しい判断なんだろう。


 守るための道具ができた。

 なら、護衛の形も変わる。


 頭では、分かっている。


 分かっているのに。


「でも、警告は来る。

 何かあれば、すぐ行く」


 念を押すように言われて、

 私は小さく頷いた。


「うん」


 それしか言えなかった。


 恒一は、それ以上何も言わず、

 部屋の少し離れた位置に移動した。


 視界には入る。

 でも、手を伸ばしても届かない距離。


 キーホルダーを、ぎゅっと握る。


 守られているはずなのに。


 さっきまであった“当たり前”が、

 静かに、形を変えただけなのに。


 胸の奥が、少しだけ、冷えた。


 ――これが、始まりなんだ。


 理由もなく、そう思った。


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