線を引く者
話が一段落すると、部屋の空気が少しだけ緩んだ。
でも、それは安心したからじゃない。
覚悟の置き場所が、定まっただけだ。
「一人、か」
恒一が、ぽつりと言った。
「邪仙は一体。
だが、使っている駒は多いはずだ」
清磬は、静かに頷く。
「同意する。
直接姿を見せず、影を使うタイプと見ていい」
「なら、末端から行く」
迷いのない声だった。
私は、思わず恒一を見る。
「一気に本体を追えば、
また逃げられる」
その言葉の裏に、何かが沈んでいるのが分かった。
「……似たような件が、過去にあった」
恒一は、それ以上詳しくは語らなかった。
「主目的に逃げられて、
護衛対象を、死なせた」
それだけ。
十分だった。
清磬が、一瞬だけ視線を落とす。
ほんのわずか。
呼吸が変わったかどうかも、分からない程度。
でも、確かに――刺さっていた。
「だから、今回は慎重に行く」
恒一は、淡々と続けた。
「駒を潰す。
繋がりを洗う。
本体が動くまで、待つ」
師姉さんは、腕を組んだまま、軽く頷いた。
「いいんじゃない?」
それだけ。
異論も、補足もない。
任せる、という意思表示だった。
清磬は、その間も、私を一度も見なかった。
視線は恒一か、師姉さんか、
あるいは、もっと遠い何か。
――線が引かれている。
私は、そう理解した。
「大枠の方針は、以上だ」
清磬が言う。
「詳細は、玄雷音符に持ち帰り、整理する」
席を立つ気配。
けれど、すぐには動かない。
清磬は、しばらく恒一を見つめていた。
長い沈黙。
それから、ほんの少しだけ、距離を詰める。
頭を、寄せる。
「……ねえ」
声が、違った。
さっきまでの、硬く整えられた響きじゃない。
「撫でてくれないの?」
一瞬、空気が止まった。
私は、思わず息を呑む。
恒一は、驚いた様子も見せず、
小さく苦笑した。
「……昔から、変わらないな」
そう言って、軽く、頭に手を置く。
ぽん、と。
それだけ。
長くもないし、優しすぎもしない。
でも、その仕草は――
私の知っている世界のものじゃなかった。
踏み込んではいけない距離が、
はっきりと、そこにあった。
清磬は、満足したのか、何も言わずに身を引く。
表情は、いつも通りだ。
けれど、ほんの一瞬だけ、
子供みたいに見えた気がした。
「では」
声は、もう元に戻っている。
「符に戻る」
そう言って、清磬は去っていった。
残された部屋には、
静かな決意だけが残っていた。
ここから先は、
長い話になる。
――そう、確信できるほどに。




