――捕捉
職員室の空気は、まだ落ち着いていなかった。
校門での一件の後始末。
書類の確認。
田所の説明に、他の教師たちが半信半疑で耳を傾けている。
その端で、佐倉由紀は静かに立っていた。
まだ若い。
スーツは少し硬く、肩に力が入りすぎている。
髪はきっちりまとめ、眼鏡の奥の視線は落ち着かない。
「……」
正直なところ、彼女はこの場が苦手だった。
目立ちたくない。
けれど担任補佐として、立ち会わないわけにもいかない。
そんな彼女の存在に――
最初に気づいたのは、天羅萃華だった。
視線が、すっと滑る。
まるで、最高の薬草(素材)を見つけた調剤師のように、
一瞬で情報を拾い上げる。
姿勢。
呼吸。
声の出し方。
肩の位置。
疲労の溜まり方。
――あ。
萃華の口角が、わずかに上がった。
彼女は、何気ない足取りで佐倉のそばへ寄る。
「先生」
柔らかい声。
佐倉は、びくりと肩を跳ねさせた。
「は、はい?」
「英語の先生?」
問いかけは軽い。
威圧はない。
「……はい、そうです」
萃華は頷く。
「やっぱり」
それだけで、納得したようだった。
「声、通るわね」
「え……?」
「でも、使ってない」
佐倉は、言葉に詰まる。
理由を説明する前に、
萃華は続けた。
「無理してるでしょう」
断定。
「新人さん?」
「……二年目です」
「一番しんどい時期ね」
佐倉は、思わず苦笑した。
「よく、分かりますね……」
萃華は、くすっと笑う。
「分かるわよ」
どこか懐かしそうに。
「そういう顔、何百年も見てきたもの」
「……?」
意味は分からない。
でも、なぜか笑ってしまった。
その様子を、少し離れた場所から見ていた田所が、
嫌な予感を覚える。
「……」
――やめろ。
心の中で、そう呟いた。
だが、その願いは届かない。
萃華は、佐倉ににこやかに言った。
「ねえ先生」
一歩、距離を詰める。
「今度、少し時間ある?」
「え……?」
「ちょっとだけでいいの」
指で、ほんのわずかを示す。
「先っちょだけだから」
田所が、思わず咳き込んだ。
「ごほっ……!」
佐倉は、顔を赤くする。
「な、何の話ですか……?」
萃華は、悪びれずに笑う。
「大丈夫」
断言。
「悪いようにはしないから」
その言葉を、
佐倉はなぜか疑えなかった。
少し離れた場所で、恒一が静かに目を閉じる。
――捕捉された。
それが、彼にははっきり分かった。




