――理解できないものから、人は離れる
職員室の一角。
簡易的に用意された応接スペースに、四人は向かい合って座っていた。
担任の田所。
転校生の立花恒一。
その保護者を名乗る天羅萃華。
そして――穂乃香。
空気は、重くはない。
だが、落ち着かない。
田所は湯呑みに口をつけながら、言葉を選んでいた。
「……まず確認したいんだが」
視線を穂乃香に向ける。
「最近、君が自宅以外から通学している、という噂がある」
穂乃香の肩が、わずかに強張った。
否定する言葉は、すぐには出てこなかった。
その代わりに、先に口を開いたのは萃華だった。
「ああ、それね」
朗らかな声。
「事実よ」
田所が思わず顔を上げる。
「現在、秋月さんは私の管理下にいます」
「管理下……?」
「保護、と言った方が分かりやすいかしら」
あっさりとした口調だった。
田所は、困惑しながらも続ける。
「理由を、聞いても?」
萃華は、一瞬だけ穂乃香を見た。
その目に、からかいはない。
ただ、静かな理解があった。
「この子ね」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「見えるのよ」
田所の動きが止まった。
「本人は、最近まで気づいてなかったみたいだけど」
萃華は、肩をすくめる。
「周囲は気づくの。
“何か違う”って」
その言葉に、穂乃香は小さく息を吸った。
否定も、驚きもなかった。
――やっぱり。
心のどこかで、そう思っていた。
「理解できないものに対し、人は「恐怖」という名の壁を築くの。」
萃華は穏やかに続ける。
「悪意があるとは限らない。
怖いだけ」
その視線が、ふと遠くを見る。
「……私にも、経験がありますから」
笑みは崩れない。
だが、その言葉の奥にある年月の重さを、田所は感じ取ってしまった。
「だから」
萃華は、穂乃香に向き直る。
「この子を預かると話したとき、
周囲は即答だったわ」
穂乃香は、目を伏せた。
胸の奥が、少しだけ痛む。
でも。
思っていたほどではない。
怖かったのは、
“理由が分からないこと”だったのだと、今なら分かる。
恒一が、静かに口を開いた。
「秋月は、何も悪くありません」
断定だった。
「周囲が、理解する準備をしていなかっただけです」
田所は、その言葉を否定できなかった。
穂乃香は、ゆっくりと顔を上げる。
「……私」
一瞬、言葉に詰まる。
けれど、きちんと前を見た。
「やっぱり、そうなんだって思いました」
萃華が、目を細める。
「強いわね」
「……いいえ」
穂乃香は、小さく首を振る。
「ただ……理由が分かって、少し安心しました」
嘘ではなかった。
むしろ、胸の奥は静かだった。
萃華は、満足そうに頷く。
「だからね、先生」
田所に視線を向ける。
「この子は、私が預かります」
「学校での生活は、これまで通りに」
「余計な干渉は、させません」
田所は、深く息を吐いた。
理解できない。
だが、拒絶もできない。
それでも――
「……生徒の安全が最優先だ」
それだけは、譲れなかった。
「もちろん」
萃華は、笑顔で応える。
「それは、私も同じ」
穂乃香は、その横顔を見て、思った。
この人は、
ただ派手で、変で、恐ろしい人じゃない。
知っている人なのだ。
理解できない側と、
理解されなかった側の両方を。
そして――
自分は、今、守られている。
その実感が、
胸の奥に、静かに根を張っていった。




