――校門という戦場
違和感に気づいたのは、昼休みが終わる少し前だった。
ざわつきが、校舎の外からじわじわと滲み込んでくる。
生徒の声にしては妙に方向性が揃っている。
「……なんだ?」
田所は教室の窓から校門の方を見下ろし、眉をひそめた。
人だかり。
しかも、教師ではない。
嫌な予感がする。
田所は迷わず教室を出た。
事務室に報告? 管理職を呼ぶ?
――違う。
今、そこにいる生徒を守るのが先だ。
階段を下り、校門に近づくにつれて、ざわめきの正体が見えてきた。
「……は?」
思わず、声が漏れた。
校門の前に立っていたのは、一人の女性だった。
赤い髪。
年齢は二十歳前後に見える。
だが、服装がどう見ても普通ではない。
派手? 違う。
奇抜? それとも違う。
――異質。
まるで、極彩色の悪夢から、そこだけ切り抜いて貼り付けたような存在感だった。
その周囲に、生徒たちが集まっている。
「……まずい」
田所は歩調を早めた。
「ちょっと、君たち! 下がりなさい!」
教師の声に、生徒たちが振り返る。
女性も、ゆっくりとこちらを見た。
そして。
「あら」
にっこりと笑った。
「先生?」
声は軽く、親しげで、
それが逆に田所の警戒心を煽った。
「こちらは……」
田所は一歩前に出る。
「学校関係者ではありませんね。
どのようなご用件ですか?」
女性は首を傾げ、楽しそうに言った。
「ええとね」
一拍置いて、
「保護者」
田所の思考が、一瞬止まった。
「……はい?」
「保護者です。
立花恒一の」
――立花。
あの転校生か。
頭の中で、これまでの出来事が一気につながる。
亮の件。
教室の空気。
今日の朝のざわつき。
「……確認します」
田所は努めて冷静に言った。
「身分証明と、……法的な関係を証明する書類を――」
「あ、はいはい」
女性は、待ってましたとばかりに鞄を開き、
書類を差し出した。
田所はそれを受け取り、目を通す。
……問題がない。
戸籍。
保護者欄。
連絡先。
すべて、形式上は完璧だった。
「……」
喉が鳴る。
おかしい。
どう考えてもおかしい。
だが、否定する理由がない。
「三者面談でしょう?」
女性は、屈託なく言った。
「昨日、話聞いたの。
それで今日来たのよ」
――昨日。
田所の脳裏に、
転校生の落ち着きすぎた態度が浮かぶ。
あの子は、知っていた。
「……校内では、こちらの指示に従っていただきます」
精一杯の牽制だった。
「もちろん」
女性は、楽しそうに笑う。
「先生の邪魔はしないわ。
約束する」
その言葉に、
なぜか、心臓の奥を冷たい針で突かれたような予感に襲われた。
田所は、校門の内側に立つ生徒たちを見た。
好奇心。
不安。
期待。
そして、守るべき存在。
「……分かりました」
言葉を絞り出す。
「こちらへ」
女性――天羅萃華は、
軽やかな足取りで校門をくぐった。
その瞬間。
田所は、はっきりと理解した。
これは、
今日一日で終わる話ではない。
そして同時に、
――あの転校生。
とんでもないものを背負っている。
そう確信せずにはいられなかった。




