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帰れない道

 放課後のチャイムが鳴った瞬間、少しだけ息が楽になった。


 教室から出れば、あの視線も、あの重さも、少しは薄れる気がした。

 そう思っていた。


 校門を出て、いつもの道を歩く。

 住宅街に入ると、空はもう夕暮れに近かった。


 ――大丈夫。

 ――何もない。


 何度も、心の中で繰り返す。


 最初は、気のせいだと思った。

 ただの疲れ。

 ただの思い込み。


 でも、数歩進んだところで、足が止まった。


 ……重い。


 空気が、妙に重たい。

 風は吹いているのに、肌に触れる感じがしない。まるで、水の中を歩いているみたいだった。


 周りを見る。


 人はいない。

 車も通らない。

 遠くで鳴いていたカラスの声すら途絶え、夕方なのに、音が少なすぎる。


 心臓が、速く打ち始める。


 ――気のせい。

 ――考えすぎ。


 さっき、言われた言葉が頭に浮かぶ。


 「考えすぎだよ」


 そうだ。

 きっと、そう。


 一歩、踏み出す。


 その瞬間、背中に、ぞくりとした感覚が走った。


 見られている。


 確信に近かった。

 振り返っても、何もいない。

 それなのに、粘りつくような視線だけが残っている。


 足が、動かなくなる。


 怖い。

 でも、何が怖いのか分からない。


 逃げたい。

 でも、どこに?


 呼吸が浅くなる。

 胸が、ぎゅっと締め付けられる。


 ――やっぱり、私がおかしいんだ。


 誰も見えないものを、感じて。

 誰にも分かってもらえなくて。


 視界の端が、少し滲んだ。


 その時だった。


 空気の向こう側で、何かが揺れた。


 はっきりとは見えない。

 輪郭もない。

 でも、確かな「悪意」を持って「そこにいる」。


 私は息を呑んだ。


 見ちゃいけない。

 そう思った瞬間、逆に目が離せなくなる。


 頭の中が、真っ白になる。


 ――無理。


 小さく、声にならない声が漏れた。


 足に力が入らない。

 膝が、震える。


 誰かに助けてほしい。

 でも、誰に?


 友達は、優しく否定した。

 大人に言ったら、もっと困らせるだけだ。


 視線が、近づいてくる。


 距離が分かるのが、怖かった。


 「……やだ」


 声が、震えた。


 次の瞬間、胸の奥で張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。


 息が、できない。


 世界が、ぐらりと揺れる。


 ――耐えられない。


 その感覚だけが、はっきりしていた。

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