――変わる理由、変わらない距離
亮は、昼休みの終わり際に二人を呼び止めた。
人気の少ない校舎裏。
いつもなら、ここでくだらない話か、誰かの悪口が始まる場所だ。
「……昨日は、悪かった」
亮はそう言って、頭を下げた。
それも、誤魔化しも、照れ隠しもない。
人が変わったように、まっすぐな態度だった。
二人は言葉を失った。
一瞬、顔を見合わせる。
長い付き合いだ。亮がこんな態度を取る人間じゃないことくらい、よく知っている。
「……どうしたんだよ」
思わず、片方が口にした。
亮は答えようとして、口を開き――閉じた。
喉の奥で言葉が詰まる。
女子生徒に手を出しかけたこと。
止められたこと。
恐怖と、恥と、どうしようもない自分の弱さ。
そんなものを、今ここで吐き出す勇気はなかった。
「……俺さ」
亮は視線を落としたまま、代わりに言った。
「変わらないといけないと思うんだ」
短い沈黙。
二人はもう一度、顔を見合わせる。
それから、どちらともなく、苦笑いを浮かべた。
「……まあ、亮がそう言うならな」
「上手くやれるなら、それでいいだろ」
肩をすくめるような軽さ。
けれど、その言葉の裏には、確かな信頼があった。
「ダチだしな」
亮は、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
その数日後。
彼らは、なぜこの時止めなかったのかを、心の底から後悔することになる。
亮が、あまりにも真剣な顔で言ったのだ。
「なあ、一緒に修行しないか」
と。
教室に入った瞬間、穂乃香は違和感を覚えた。
昨日までの、重たい空気とは明らかに違う。
肌に触れる感触が、変わっている。
悪意ではない。
けれど、落ち着かない。
席に向かう途中、視線が集まるのを感じる。
ひそひそとした声。
誰かがスマホを伏せる気配。
「……?」
首を傾げながら、自席に座る。
すると、すぐ隣のひなたが身を乗り出してきた。
「ねえ、穂乃香ちゃん」
口元を押さえ、楽しそうに囁く。
「アレで付き合ってないは、さすがに無理があるよ」
――え?
一瞬、言葉が出なかった。
頬が、じわりと熱くなる。
何か言い返そうとして、でも、言葉が見つからない。
そのとき、ようやく理解した。
この教室の空気。
好奇の視線。
ざわめきの理由。
――私、なんだ。
穂乃香は、思わず背筋を伸ばした。
何も変わっていないつもりだった。
ただ、登校して、話して、歩いているだけなのに。
それでも、世界はちゃんと見ているらしい。
ひなたは、にやりと笑ったまま、机に戻っていく。
穂乃香は、しばらくその場で固まっていた。
胸の奥が、落ち着かない。
でも、不思議と嫌な気持ちではなかった。
窓の外に目を向けると、校庭を歩く恒一の姿が見えた。
相変わらず、淡々としていて。
相変わらず、静かで。
――でも。
昨日までとは、確かに違う。
穂乃香は、そっと息を吸い込み、前を向いた。




