――変わったもの、変わらないもの
朝の空気は、昨日までより少しだけ軽かった。
穂乃香は、隣を歩く立花恒一に向けて、ぽつぽつと夢の話をしていた。
昨夜見た、境界の向こうの景色。
形を持たない影と、遠くで響いた声のこと。
「……それで、気づいたら目が覚めてて」
言い終えてから、少し間が空く。
「……怖かった?」
恒一は前を見たまま、短くそう返した。
「……うん。ちょっと」
「そうか」
それだけだった。
けれど、彼の歩く位置は変わらない。
人通りの多い側を避け、自然と穂乃香を内側に収める距離。
歩幅も、速度も、穂乃香に合わせたまま。
特別な言葉はなくても、
それが「守られている」という事実だと、穂乃香はもう知っていた。
――そして。
穂乃香自身は気づいていなかったが、確かに変わっていた。
恒一に向ける表情。
話しかける回数。
歩くときの距離。
以前よりも、ずっと近い。
通学路を行き交う生徒たちの視線が、わずかに留まる。
誰かが小さく言葉を交わし、誰かが気まずそうに目を逸らす。
穂乃香は気づかない。
ただ、恒一の隣が自然になっただけだ。
そのとき――。
恒一が、ふと足を止めて振り返った。
理由は分からない。
音でも、声でもない。
ただ、何かを感じ取ったような動きだった。
視線の先にいたのは、亮だった。
少し離れた場所で立ち止まり、逡巡するように視線を泳がせている。
以前のような剥き出しの苛立ちはなく、
肩は下がり、昨日の傲慢さを削ぎ落としたように、背中がわずかに丸まっていた。
亮は一瞬だけ躊躇し、それから意を決したように近づいてくる。
「……おはよう」
気恥ずかしそうな声だった。
目は合わず、言葉も短い。
恒一は、その様子を静かに見てから、軽く頷いた。
「おはよう」
それだけ。
だが、その声音には、実直な仕事を終えた職人のような、確かな満足が滲んでいた。
責めるでもなく、試すでもなく。
ただ、今の亮を「そういうものだ」と受け止めた返答。
亮はそれ以上何も言わず、足早に去っていく。
穂乃香はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
「……変わったね」
何が、と言わなくても、恒一には分かったらしい。
「変わるものだ」
淡々とした返事。
そのまま、二人は再び歩き出す。
朝の通学路は、相変わらず騒がしく、平凡で。
けれど、確かに昨日までとは違っていた。
穂乃香はまだ、その変化のすべてを理解していない。
ただ――。
隣にいるこの人が、振り返ったときにそこにいてくれる。
それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなるのだった。




